水俣・女島の海に生きる わが闘争と認定の半生 書評|緒方 正実(世織書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年2月17日

水俣病の「いま」を伝える “人生の思想”にあふれる

水俣・女島の海に生きる わが闘争と認定の半生
出版社:世織書房
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言うか、言わないか。動くか、動かないか。諦めるか、諦めないか。私たちは日々、何かを選択して生きている。その積み重ねが人生をかたどっていく。ほとんどは無意識の選択だ。選択していることすら気づかない。迷うこともない。心が揺らぐこともない。考える苦しみもない。無意識の選択に身を委ねるのは、合理的な選択であるといわれる所以だ。

しかし時として、無意識の選択に逆らい、自らの存在をかけて問題に向き合わねばならないときがある。「解決するには自分で言わなきゃ事態は動かない、言わなきゃ進展しない、言い続けながら先に進んでいかなきゃならん」――本書は、水俣病に向かい合うことを選択した緒方正実の人生の語りである。

緒方は、水俣・女島に生まれた。急性劇症型水俣病で命を奪われた祖父。生まれながらに胎児性水俣病患者だった妹。認定申請をしようという時に亡くなった父。水俣病未認定患者の運動を率いるも認定申請を取り下げた叔父(緒方正人)。不漁で生活がたたず都会に職を求めて出て行った叔母。水俣病の渦中にありながら、緒方は水俣病の認定申請をすることなく結婚し、建具職人として暮らしていた。

転機となるのは、1995年の政治解決だった。「私は自分を水俣病とは決めつけたくない、水俣病のレッテルを貼られたくない、という一心で、逃げ続けた三八年間でした。でもそれではやりきれなくて、何か区切りをつけるために、政治解決に手をあげていくわけです」。

だが、結果はまさかの「非該当」。そこから緒方は自らの水俣病に正直に向き合うことを選び取る。「自分の水俣病が、やはり私の人生を左右するものであったと重く受け止めたことで、曖昧に終わらせることは自分の人生そのものを曖昧に終わらせると思った」のだ。

認定申請を繰り返し、棄却されると県知事に異議申立をし、行政不服審査請求を行なった。水俣病を水俣病と認めない制度の不条理に抗い、水俣病被害者の疫学調査書の職業欄に、「無職」のことを平気で「ブラブラ」と記す行政の人権感覚を批判した。認定棄却処分が取り消されたのは、水俣病公式確認50年となる2006年である。

この闘いは組織的なものではなく、多くの「出会い」に支えられた緒方という一個の人間の闘いだったという。とすれば、語りの行間に、「熱意とは事ある毎に意志を表明すること」という川本輝夫の言葉が聞こえたのも空耳ではあるまい。川本の人生は、「悲しみと無念を抱え込み続け」た「『公』に対する『私』の闘い」だった(後藤孝典「追悼 川本輝夫さん」)。

その川本も、政治解決後は運動方針をめぐり寂寥感のなかにあったという。「水俣には“井戸を掘った人″はいないのでしょうか?」という晩年の川本の問いに、編者のひとり、久保田好生は、かつて「みんなが井戸を掘りまたその水を分け合う水俣で、いちばん深く広く大きな井戸を掘らしたつは、川本さんばい。皆それはきちんと知っとらすですばい。亡くなってみんなまたそれを改めて思い出しとっとですばい」と追悼した(久保田好生「川本 輝夫さん 入院・逝去・葬儀の報告、そして追悼」)。

自らのやり方で闘い終えた人がおり、違うやり方で闘いを継ぐ人がいた。緒方は、亡くなる3か月前に川本に自身の水俣病について相談をしていた。「川本さんのながい水俣病の闘いの中で、川本さんの最後の行政との闘いの日が私の最初の闘いの日になったとです」。

川本は水俣の地に地蔵を建立し、訪れる者に祈りの場を示した。緒方は水俣を去ってなお水俣に思いを馳せるようにと、水俣湾埋立地の木枝で「こけし」を掘って全国の人に贈る。「これは、水俣病で亡くなった生命の魂が宿ったこけしなんです」、と。

祈りはかたちを変えて深い水脈へと続いていくのだろう。本書は水俣病の「いま」を伝える“人生の思想”にあふれている。
この記事の中でご紹介した本
水俣・女島の海に生きる わが闘争と認定の半生/世織書房
水俣・女島の海に生きる わが闘争と認定の半生
著 者:緒方 正実、阿部 浩、久保田 好生、高倉 史朗、牧野 喜好
出版社:世織書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年2月17日 新聞掲載(第3177号)
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