日本人の〈ユダヤ人観〉変遷史 書評|松浦 寛(論創社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年2月17日 / 新聞掲載日:2017年2月17日(第3177号)

日本人の〈ユダヤ人観〉変遷史 書評
解きほぐし難い偏見に対して 
四つの理由を挙げて論じる

日本人の〈ユダヤ人観〉変遷史
出版社:論創社
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フランスではいまイタリア国境からフランスに入ろうとする難民を「不法に」助けたとされる市民が裁かれようとしている。その市民を支援するための署名運動が起き、難民救済に及び腰のフランスという国家が試されている。

松浦は前著『ユダヤ陰謀説の正体』(ちくま新書、一九九九)において、日本における日ユ同祖論や反ユダヤ主義の特異な拡がりをとらえ、そのなかで不当に評価されている杉原千畝を救おうとした。しかし日本の書店にはいまでも、杉原の行為は「ポーランドでの諜報活動の見返りだった」などとする本や、ユダヤ関連の「トンデモ本」が並んでいる。本書はこうした日本における出版状況のなかで、本国からの訓令に逆らって難民を救った外交官をジャーナリズムがどう評価するのか、出版・プレスにとって表現の自由とは何かを問う、きわめてアクチュアルな批判の書となっている。

著者はまずユダヤ人の定義の難しさについて語る。ユダヤ人とはイスラエル人でも、ユダヤ人の母を持つ者でも、ユダヤ教を信じる者でもない。ユダヤ教を信じれば誰でもユダヤ人になれるが、プロテスタントやカトリックに改宗したユダヤ人もいる。もとより「万世一系の母系ユダヤ人の系譜」は辿りようがないため、ナチスは「四人の祖父母のうち一人がユダヤ教共同体に所属している者」をユダヤ人とした。当人にユダヤ人という意識がなくとも、ユダヤ人として迫害や虐殺の対象とされたのである。

日ユ同祖論も反ユダヤ主義もこうしたユダヤ人の定義の難しさから生まれている。そこにおいては、ユダヤ人への偏見とキリスト教への偏見が絡らまり合っている。しかし日本においてそれがほとんど解きほぐし難いことについて、本書は四つの理由を挙げているように思われる。

第一に、日本にはアングロサクソンへの屈折した親和性がある。日ユ同祖論を日本で最初に語ったのはスコットランド人であった。もとより日ユ同祖論のまえに英ユ同祖論がある。さらにジェイコブ・シフらのユダヤ資本に助けられた日露戦争の勝利は、日本における「ユダヤ人原体験」になった。ユダヤ人は財力に富み、アメリカにおける対日世論に大きな影響力があるというイメージがこのときにできた。

第二に、江戸時代のキリシタン禁制の影響がある。檀家制度は徳川幕府が葬式や法事を旦那寺に義務づけることによって、寺院の経済基盤を安定させるのと引き換えに、キリシタンでないことの証明義務を寺院に負わせるものだった。それは幕府がキリスト教を排斥するために創った制度だが、そういう前近代の遺制を福沢諭吉は伝統として踏襲している(「明大寺「自葬」事件」)。

第三に、日本の知識人の弱さである。近代を語るために福沢を利用した丸山眞男にその福沢の前近代性は見えなかった。また「シナ人」とユダヤ人に共通するものを見出す和辻哲郎にしても、無秩序を招く闖入者としてのユダヤ人のイメージ、国家の統制に服さない「無政府的」かつ脱国境的なイメージに捕らわれている。現在の大学の紀要においてさえ、トンデモ本と変わらないような論文が見られると著者はいう。

第四に、ジャーナリズムで活躍する言論人の大衆への影響力である。もとより日ユ同祖論者のなかにも学者やアメリカに留学したインテリがいたが、彼らは大衆を扇動する者となってしまった。しかし信仰に支えられた杉原の無償の行為を理解できずに、インテリジェンスのプロ意識などを語る手嶋龍一や佐藤優、そしてマンガで情動に訴える小林よしのりたちにしても、フィクションとジャーナリズムを混同している。さらに「同祖論者の著作も確認せず」に彼らのロジックに「左翼的思考」を見出す内田樹は、「平川祐弘から竹内洋に至る、学術的体裁を装った左翼へのルサンチマンの系譜」に属しているとされる。

杉原千畝は、外交官であるとともに一市民として行動した。市民であるとは、家族のため、会社のため、国家のために生きることではない。それは困難な状況にある隣人への「憐れみ」を生きることである。「聖書における「憐れみ」とは、多くを持つ者がわずかを与える慈善などとは違い、人間の生死にかかわる場面で用いられる言葉である」。「反ユダヤ主義というと、キリスト教の神学に根拠をもとめる議論が多いが、聖書を子細に読めば、周囲の偏見に付和雷同しなかった千畝が体現しているものこそ、聖書の教えであることがわかる。」

この本はそれゆえ出版のあるべき姿を示している。家族のため、会社のため、国家のために生きる人たちは、その疲れを癒すための娯楽がほしくなる。キワモノ・ジャーナリズムはそこに付け込んで「売れる本」を出そうとする。しかしジャーナリズムとは本来、真理=正義というミスティシズムを追及するものである。それは松浦や杉原のキリスト教への「信仰」と同じように、「神を恐れ、人を恐れない」ものであらねばならない。日々黒いインクを吐くことで「市民」の不満を軽減するだけの怪物と、出版・プレスは命がけで闘うのである。
この記事の中でご紹介した本
日本人の〈ユダヤ人観〉変遷史/論創社
日本人の〈ユダヤ人観〉変遷史
著 者:松浦 寛
出版社:論創社
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