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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年7月1日 / 新聞掲載日:2016年7月1日(第3146号)

書評
シンプルで純一な思いとその困難 幾重にも反響し続ける生身の叫び 


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『妄犬日記』と題されたこの不思議なテキストを、どのようなジャンルの創作物として捉えればよいか。ユニークなかたちの小説であるかと考えつつ読みすすめるうち、これは小説というよりも詩に近いのではないかと思われた。繰り返し読んだ今もなお、一読者に過ぎない私には、本作が詩か小説か、あるいはそれ以外の作物であるかなどと、分類することはできない。そうした分類がことさら必要であるとも思われず、また作者もそれを望んでいないようにも感じられるが、しかし本書を読む上で何らかの拠り所にもなる定義に近いものが必要となるとするならば、やはりこれは、文字通り〈日記〉であると考えるべきだろうか。もちろん、人に読ませる/読まれることを前提として書かれた、一つの創作物としての〈日記〉である。漠としてどこかカクみ所がないようななかにも、奇妙な生生しさと空虚さを滲ませる本作は、表面には適宜火を通すなどの加工や調整が施されていながらも、その血肉の内側にまでは完全に火を通さずに、あえて生の部分や要素をとどめ、とじこめてある気配や気色を漂わせている。

本書は、「プロローグ」「犬」「王様」「エピローグ」の章から成り、それぞれは、長さの異なる幾つもの文章によって構成される。登場するのは、〈王様〉〈犬〉〈K〉〈女王〉〈F〉〈門番〉など、いずれも抽象化あるいは一種記号化された、寓話性や匿名性を帯びた存在であり、かれらをめぐる関係と愛憎、思考や趣向や想念や行為、それらとともに分かち難くある願いや呪いを交えた生と命のありようが、切切と綴られていく。その語り手や視点は必ずしも一定ではなく、一人称、二人称、三人称のいずれにも限定されることなく、たえず移り変わっていく。そのなかで繰り返し記される、〈中指〉〈虚空〉〈穴〉〈しもべ〉〈運命〉〈なりゆき〉……といった文言やモチーフは、本作のテーマやニュアンスを色取り、塗り重ねていくものではあるが、それによって描き出されるのは、過激な加虐性愛と被虐性愛による個個のつながりやしがらみの苛烈さといったものよりも、むしろ、その根底にあり、また四方にからみつく蔓草や茨垣の向こうに望む、ひたすらシンプルで純一な「愛し愛されたい」という思いとその困難であり、それが炙り出しのように浮かび上がってくる。作者(あるいは語り手、綴り手)が、書く/書かないの境界線を、細心の注意と畏怖心を以て、言葉の力に精一杯抗いつつも、怯え、惑い、ぎりぎりの綱渡りをするようにして取捨選択をしながら書き渡ったさまが、ここに提示されていると感じる。
〈星に呼ばれた彼らは、その呼びかけで結ばれた一個の星座のようでもある〉〈彼らはそれぞれに出会って、すれ違って、もつれ合って、ほどけて、ひとり明滅する〉。

自縄自縛の状況から逃れようと、幾人もの声や言葉を借りて出口を求めつつ未だ辿り着けず、なおも踏み止まる生身の叫びが、本書の内には響き、幾重にも反響し続けている。
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