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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年7月1日 / 新聞掲載日:2016年7月1日(第3146号)

書評
忘れえぬ人を探して ノンフィクション小説の短編集のよう 


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いい短歌とは、どういう歌のことをいうのか、なかなかむつかしい。歌人でもそうなのだから、私を含めた短歌を作らない人にはなおさら。本書はそのヒントを与えてくれるだけではなく、短歌に触れたことのない読者にもよい一冊のように思われた。というのも、これが単なるアンソロジーではなく、31文字を紡ぎ出した27人の歌詠み達の評伝でありつつ、見かたによっては、ノンフィクション小説の短編集のようでもあるからだ。 

目次のページを開くと、27首の短歌とその作者が並んでいる。戦後の短歌、大きなくくりでは現代短歌と分類されるもので、文語の歌もあれば口語の歌もある。俵万智「サラダ記念日」といった広く知られた歌や、市井の歌詠みの歌もある。これらの歌を全て識っている人は少ないだろうし、その作歌のいきさつを知る人は著者の他にはいなかったはずだ。加古が探し求めなかったら消えてしまった歌もあるだろう。生きている歌人なら何らかの形でくり返し世に発信することができるだろうが、本書で紹介されている作者27人のうち過半数はすでに他界している。戦争、安保闘争、震災、病、恋愛など一首ごとのテーマは様々。目の前の大きな出来事に向き合った結果の短歌、もしくは向き合うための短歌がどのような経路をたどって生まれたのか、その作者と周囲の人々の懊悩や悲しみや喜びが丁寧に書かれている。「一首の背景を探り、一つ二つ補助線」を引き「もっと深く、もっと深く歌の世界」に出合うために取材をはじめたと加古は言う。ノンフィクション小説の短篇集のようだと述べたのはこの点にある。歌詠み達の生き方の断片が集まって、読んでいると同情や感嘆があり、ときには苛立ちや息苦しさも感じる。短歌を作るわけではないけど興味がある、けれどなんだか31文字だけではとっつきにくい。そんな人にはとてもよい一冊だと思う。ひとつの章を読み終えて、改めて本書の目次に整然と並んだ短歌を眺めると、一首ごとに血が通っていると感じて、妙にぞくぞくしてくる。 

そして、いい短歌についてのヒントとは。自分には手が届かなかったところの言葉を目にしたり、こぼれて掬いきれない言葉があることで、読者はその歌に憧れたり、もしくは拒絶したり、共鳴したりする。31音という器は小さめで、小説とはちがった息継ぎが必要になり、解釈や鑑賞では詠われた事柄と詠われなかった事柄との往還も多くなる。一首では詠えなかった事柄を補うために、連作を構成し詞書を使って歌を届けた歌人もいる。連作にせよ、詞書にせよ、歌人が31音にこだわるのは、その魅力の中にある一首の力強さが身に沁みてわかっているからだ。目次には短歌とその作者が並んでいると紹介したが、冒頭の一首だけには作者の名前がない。三十年ちかく「詠み人知らず」だったという。作者を離れ、足下に流れ着いた言葉を掬いあげたときの感動が、自身のこころへ向かう力、作品そのものへ向かう力、源流を遡らせようとする力の三つを生じさせるとするならば、本書や冒頭の一首をめぐる物語は三つ目を主動力に駆動している。気付いたら衷心で響く31音が止み難い。そういう力強さが5音や7音の連なりにはあったりする。



ここにまだ忘れぬ人がひとりいて季節の花の咲く交差点

これは加古が歌人としてデビューした「夜更けのニュースデスク」中の一首。この作者はこのスタンスを貫き、ずっと忘れえぬ人を探している。
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