漢字の使い分けときあかし辞典 書評|円満字 二郎(研究社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年6月30日 / 新聞掲載日:2016年7月1日(第3146号)

漢字の使い分けときあかし辞典 書評
同訓異字の平易な解説 漢字文化の歴史と奥行きを垣間見せる一書

漢字の使い分けときあかし辞典
出版社:研究社
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酒杯を傾けながら本を読むのが好きで、晩酌に書籍を繙きつつ深更に及ぶのも愉しい。ユルスナールの小説にワイン、池波正太郎の随筆に日本酒をあわせるのも王道だが、個人的には漢詩文と老酒に最も惹かれる。杜牧の詩に紹興酒、蘇東坡と湖北省の白酒…あるいは日本漢文学の書籍を繰りつつ日中両国の酒を味わうのも一興だ。例えば、吉川幸次郎の『杜甫ノート』。「倦夜」冒頭の「竹涼侵臥内/野月満庭隅」を論じた一文を見てみよう。「さわやかな初秋の夜、しかし風はないしずかな夜、その雰囲気の中核となるものは、寝室の窓の外に、月光を受けて光る竹であった。竹のありさまは、「涼」という抽象名詞に集約され、寝室の中にまでしみこむ竹のすがすがしさは、「侵す」とたくみに擬人化されている」。香気漂う筆致はもとより、杜甫の詩をより味わいたいと思った時、例えば「侵す」の語義を押さえる必要があろう。その時にまたとない伴侶となるのが本書である。語義等は漢和辞典を繰れば事足りるのだが、本書が素晴らしいのは同訓異字を集めつつ、その一字ごとの意味や成立等を分かりやすくまとめた点であり、しかも読んでいて面白い。本書によると「おかす」には「犯・侵・冒」があり、「犯す」は「法律や規則、道徳、常識などで禁じられたことをする」、「侵す」は「禁じられた領域に勝手に入る」、そして「冒す」は「冒」の本来の字義が「頭から何かをかぶる」ことから「あえて危険にさらすことを行う、神聖なものをけがす」意という。なるほど、それゆえ吉川幸次郎は「「侵す」とたくみに擬人化されている」と評したのか…と改めて得心する。私たちはこれら各漢字の語義を何となく意識しているが、明確に把握できているかは微妙であろう。「たく」の「炊く」は「穀物を煮る」、「焚く」は「木材に火を付ける↓燃やす」、あるいは「さがす」の「探す」は「穴の中の様子を確認しようとする↓未知の場所で漠然とした雰囲気で『探す』」のに対し、「捜す」は「家の中でなくなったものを見つけ出そうとする↓具体的な情報や方法とともに『捜す』」…本書はこれら同訓異字のエッセンスを丁寧に分かりやすく説き起こしつつ、図版や字の大小、また全体のレイアウト等にも留意することで平成年間の読者に読みやすい配慮がなされている。それに紙質も素晴らしい。頁構成やバランス等々、いずれも読者に負担をかけないよう工夫されており、プロが商品として仕上げた完成度の高さは見事である。

何より本書が魅力的なのは著者の筆致が熱意と愉しみに彩られている点で、読みやすさを優先した文体の行間には、文意及び文脈と切断された漢字変換が容易になった現代に漢字本来の語義を伝えたいという使命感もさることながら、漢字文化に浸る悦びが見え隠れしている。それは吉川幸次郎といった漢文学の泰斗と異なる文章だが、どちらも「漢字」への敬虔さが漂う点で通底しており、私たちの生きる世界が東洋であること、そして中国本国と違う道を歩んできた日本の漢字文化が未だ続いていることを本書は示すかのようだ。元々、本書は実用的な辞典として制作されたが、漢詩の読み下し文や吉川幸次郎の著作とともに本書の頁を赴くままに繰り、酒杯を重ねるひとときを充実させる一書として見なすのは如何であろう。それは往時の文人趣味を彷彿とさせる読書体験を醸成するはずだ。大人の読書を味わいたい人士に推薦したい一書である。
この記事の中でご紹介した本
漢字の使い分けときあかし辞典/研究社
漢字の使い分けときあかし辞典
著 者:円満字 二郎
出版社:研究社
以下のオンライン書店でご購入できます
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