夢の共有 文学と翻訳と映画のはざまで 書評|野崎 歓(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年2月24日 / 新聞掲載日:2017年2月24日(第3178号)

夢の共有 文学と翻訳と映画のはざまで 書評
不可能性と信ずること 
超越的なものへの信仰

夢の共有 文学と翻訳と映画のはざまで
出版社:岩波書店
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(野崎歓の『夢の共有 文学と翻訳と映画のはざまで』は三部からなり、それぞれ文学、翻訳、映画を論じている。第一部の文学論から見てみよう。第一章では、ネルヴァルの作品における夢の共有が論じられる。睡眠中の夢、さらにはむしろ狂気による幻覚が二人の登場人物によって共有されるという物語。それをネルヴァルは繰り返し語ったのだ。第二章では、ネルヴァルの『オーレリア』とブルトンの『ナジャ』が主に取り上げられて、一九世紀のロマン派と二〇世紀のシュルレアリスムにおける夢と狂気の主題が論じられる。前者は動物磁気説などのメスメリスムに、後者はフロイトの精神分析理論に強い刺激を受けながら、両者とも夢と狂気の領域を本格的に探究したのだ。第三章ではフロイトの理論の文学的性格が論じられる。欲望の不壊というフロイトの概念が、ギリシア、ローマの古典からロマン派に至るある文学的主題を受け継いでいることから分かるように、彼の理論は文学の伝統に深く根差し、それ自体文学性を濃厚に備えているのだ。

第二部の翻訳論に移ろう。第四章では、ロラン・バルトの「作者の死」への疑問が示されたうえで、作者と読者の間に翻訳者が挿入される。具体例に挙げられるのは森鴎外の翻訳だ。翻訳者はテクストの意味の起源として作者を想定しながらも、自らが作者に成り代わるとされる。第五章では、谷崎潤一郎の『痴人の愛』における登場人物たちの西欧の受容が論じられる。外国語の習得に加えて、身体のレベルで西欧人になろうとする行為さえも広義の翻訳とみなすなら、この小説は翻訳の物語として読み解けるのだ。なお、この章でイタリア映画の偉大なディーヴァ、ピナ・メニケリがハリウッド女優と記されているのは残念だ(八九頁)。第六章では、文学作品の映画への翻案、さらに文学と映画の相互的な影響が広義の翻訳として論じられる。映画は近代小説の発展形として登場し、また二〇世紀の小説に重要な影響を与えているとされる。

第三部は映画論だ。第七章では、フランス文学と映画の密接な連携が論じられる。詩人のジャン・コクトー等が映画監督になり、映画監督のアラン・レネが小説家と共同で創作活動を行なうなど、フランスでは影響や翻案を超えた創造的な連携が文学と映画の間に存在する。第八章では、日本におけるフランソワ・トリュフォーの映画の受容史が主題となる。旧来の左翼的映画批評から激しく批判されたトリュフォーの作品が、監督との私的な友情に基づく山田宏一の精力的な仕事を通じて日本の観客に受け入れられていく過程が描かれる。最終章では、フランスを中心とするヨーロッパ映画がアジアとその映画をいかに受容したかが論じられる。五月革命前夜のゴダールの映画は中国を観念的にしか受け止めなかったが、八〇年代に香港と台湾の映画がフランスで発見されたのを経て、近年では、ヨーロッパ映画においてアジア人とアジア映画が決定的な役割を果たしているとされる。

この書物では、夢は睡眠中の夢に限定されない。それは狂気による幻覚であり、それ以上に現実から離れたあらゆる考えや思いである。こうした私的な夢の共有は現実的には不可能であるが、それでも野崎歓はその可能性を追い求める。夢の共有の不可能性は第一章ですでに明言されている。第四章でも、翻訳は異なる言語間でテクストの意味や作者の意図、夢を共有する試みでありながら、実際には翻訳は創造であり、別の作品を生み出すことが示される。だがそれでも野崎歓は夢の共有をまさに夢見ずにはいない。ここで彼を支えているのは超越的なものへの信仰だ。第三章では夢が真理を開示することが示唆されるが、もしそうであれば、夢によって真理やイデアといった何らかの超越的概念を分有することが起こり得る(プラトンのイデアについては、アガンベンの解釈が目覚ましい)。いずれにせよ、この可能性は論証不可能であり、ただ信ずることしかできない。野崎歓の魅力は何より彼が信ずる人だという点にある。
この記事の中でご紹介した本
夢の共有 文学と翻訳と映画のはざまで/岩波書店
夢の共有 文学と翻訳と映画のはざまで
著 者:野崎 歓
出版社:岩波書店
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