明治期のイタリア留学 文化受容と語学取得 書評|石井元章(吉川弘文館)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年2月24日 / 新聞掲載日:2017年2月24日(第3178号)

明治期のイタリア留学 文化受容と語学取得 書評
明治初頭の日伊交流の実態を紹介した第一級の学術書

明治期のイタリア留学 文化受容と語学取得
出版社:吉川弘文館
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明治期の日本では西洋文化を移入するために、多くの日本人が欧米に留学した。美術というとフランスというイメージがあるが、それはもっと後のことで、明治初頭は日本にとって、イタリアこそが美術の中心地であった。日本で最初の美術学校として一八七六年に設立された工部美術学校はイタリアから第一線の美術家を教授陣に招き、日本の若い芸術家たちも美術の中心地イタリアを目指したのである。

本書は、美術家を中心として、明治初頭の日伊交流の実態を綿密な資料読解によって紹介した労作であり、第一級の学術書である。

イタリアは太古からの伝統を持つ国であるが、長らく諸国家に分立しており、統一されたのはようやく一八六一年で、日本の明治維新とほぼ同時期であった。新生のイタリア王国は、日本と同じく近代的な国民国家を建設すべく、産業や教育の近代化にとりくんでいた。こうした時期であったイタリアには日本と同じ新興国家特有の環境や雰囲気があり、それゆえに交流が成功したといえよう。

もっとも、イタリアと日本との関係は、美術でなく産業から始まっている。一九世紀半ば、イタリアでは微粒子病によって養蚕業が打撃を受け、健康な蚕種を確保する必要性から日本と国交を開いたのである。やがてイタリアの養蚕業が回復すると、日本の養蚕業者が直接ヨーロッパに蚕種を売りに行くようになり、養蚕業のさかんであった群馬などからイタリアに留学する若者が増えた。

彼らが入学したのは、イタリア王国最初の首都であったトリノに新設された王立イタリア国際学院であった。この学校は、国外からも多くの若者を集め、全寮制でイタリアの言語や文化を教えた。そこで常にトップの成績を誇った井尻儀三郎は、校長室にその肖像画が飾られるという栄誉を受け、製糸業を習得して帰国した。従来ほとんど知られていなかったこのトリノ国際学院とその留学生についてあきらかにした点は、本書の大きな功績である。

幕末の蘭方医、緒方洪庵の息子の緒方惟直もこの学院で学び、ヴェネツィアで日本語教師になる。ヴェネツィアの女性と結婚して女児までもうけたが、わずか二三歳で病死、ヴェネツィアのサン・ミケーレ島に葬られた。その墓碑を制作したのが、ヴェネツィアに留学して日本の西洋彫刻の祖となった長沼守敬であった。

ヴェネツィアで長く本格的に美術を学び、長沼と入れ替わるようにして帰国した洋画家、川村清雄は近年、再評価が著しいが、当時ヴェネツィアでも作品が売れ、評価され始めていたことがあきらかにされる。川村や長沼については、留学時代の作品や習作について美術史家ならではの分析もなされ、いくつもの新知見が披瀝されているのも本書の価値を高めている。

そのほか、ローマで学んでヴェネツィアで長沼と交流した洋画家の松岡寿や、長沼と並ぶ西洋彫刻の先駆者である大熊氏廣ら、重要なイタリア留学者にもふれられる。

著者は留学生の足跡を追って、学校や古文書館に残された学業成績簿や公式記録、手紙や手記を徹底的に調査し、遺族や関係者を探して取材している。こうした資料の紹介は、一般の読者の目にはやや退屈に映るかもしれないが、どんな些細な事実でも安易な推測を排し、一次資料によって実証しようとする姿勢は、歴史学の範である。留学生の詳細な交友関係や彼らの直面した金銭問題が、こうした資料によって生き生きと浮かび上がっている。

同じくイタリアに長く留学した著者自身の体験が、そこに重ねられているようだ。行間からは、イタリア語もまったく知らぬまま未知の地に投げ出され、努力に努力を重ねて国際人になった先達たちへの共感と賛美がにじみ出ている。あとがきで著者が述べているのだが、彼らについての未紹介の資料を見つけたとき、彼らからようやく「許し」をもらったと感じる瞬間があるという。評者にも似たような体験があるが、それこそが歴史学研究の醍醐味であり、本書はその見事な結晶である。
この記事の中でご紹介した本
明治期のイタリア留学 文化受容と語学取得/吉川弘文館
明治期のイタリア留学 文化受容と語学取得
著 者:石井元章
出版社:吉川弘文館
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