幻想の坩堝(るつぼ) ベルギー・フランス語幻想短編集 書評|(松籟社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年2月24日 / 新聞掲載日:2017年2月24日(第3178号)

幻想の坩堝(るつぼ) ベルギー・フランス語幻想短編集 書評
重なる異次元の旅行者たち 
風土と文化が孕む幻想文学

幻想の坩堝(るつぼ) ベルギー・フランス語幻想短編集
出版社:松籟社
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本書の成立は岩本和子氏が主催する「ベルギー研究会」が発端となっている。しばしばフランス文学として「ベルギーのフランス語作家達」は紹介されてきた。彼らに「幻想文学」という新しい枠組みを与え、母国であるベルギーの風土と文化を背景にしてきた作品を読みなおす試みといってもよい。これに先駆けて、すでにベルギーのオランダ語作家達の短編を集めた『フランダースの声』(松籟社)が出版されている。

ベルギーには幻想文学が生まれることが運命づけられている。公用語がオランダ語、フランス語、ドイツ語と共立し一つの場所はいつも言語が折り重なり世界は何重にも層をなす。例えばフランドルは同時にヴラーンデレンであるように常に日常の世界のそばで異世界が寄り添っている。

これは精神の構造に転写される。本書所収の『青い鳥』で著名なマーテルランクは、オランダ語圏で生まれながら当時のブルジョワジーの常として家庭内ではフランス語で会話していた。幼い頃から彼には一つである世界が重なって見えただろう。母国の中でいわば常に外国人として生きるようなものだ。彼らはこの世界の多層を、今度は自分の内なるものに向かって、精神の深部にも裏返して見ようとした。それが本書所収の『夢の研究』である。彼は自分の精神の中にもいわば異世界があることを発見した。フロイトが『夢判断』を出版する十年前にマーテルランクは無意識の旅に出たのだ。精神内部の外国では翻訳が必要だった。『夢の研究』とはいわば、別の言語で書かれた象徴の解釈であり、マーテルランクが象徴派の詩人と呼ばれる秘匿の鍵のような夢言語を探している記録だともいえよう。幻想文学と呼ばれるものには様々なコードが存在するがベルギーのフランス語作家は共通して内なる異形のものとの出会いを果たしていると言えるのかもしれない。

本書所収のジャン・レー『夜の主』もまた古代の魔術を経て内なる異形のものを解き放ち、歴史の始まりから裏書きされた世界へと旅立つ物語である。フランス語のみならずオランダ語でも作品を発表しているジャン・レーにふさわしく、異世界をまたいで飛び交うものが登場するだろう。奇妙な書物を発端として、謎の殺人事件が続きそれを追う刑事も登場し、主人公が真相へと近づいていく構成はあたかも現代小説の原型を見るかのようだ。しかしこの短編の風格を高めているのは謎解きではなく、幕切れの風景だろう。暗闇に映える堕された精霊の光輪のしるしは、この物語から始まる「新たなる神曲」を照らし出している。闇への旅は続くのだ。

彼らはこうしていつも旅行者として母国に存在している。旅行者の眼差しで風景を見ている。その視線は慣れ親しんだ日常の風景と共に、別の名前で分節化される世界を見ている。フランドルの人ゲラルドゥス・メルカトルがこの世界をその名の付いたメルカトル図法で見るように世界は引き伸ばされ、また圧縮され、大小は逆転し距離感を失いさえもする。本書に収録されたミッシェル・ド・ゲルドロードの『エスコリアル』に登場するいわば狂王も劇中劇によって多層化された世界の歪みを全身に浴びる。世界の中に世界が折り畳まれる。同じ著者による『魔術』の「わたし」は心の旅路の果てに、大地も海も混ざり合う仮面のカーニヴァルへ巻き込まれていくのである。あたかもベルギーの画家ジェームズ・アンソールの描く『仮面の中の自画像』のイマージュへそのまま紛れ込んだように、ベルギーの幻想文学はいつも絵画的であるともいえよう。彼らはいつも旅する画家なのだ。

『夜の主』や『魔術』の主人公がそうだったように、ベルギーの幻想文学がことごとく旅行者である所以は、いかに異様な光景を見たとしても、どんな稀有な体験をしたとしても彼らはけしてその場所に留まることはないということだ。驚きもし、心奪われそうになってもまた、放蕩息子達のいる〈向こう〉へと続く暗い闇の道へ、何処へ向かうともしれぬ列車でその先へと、常に移動し続けているのである。

なお本書には他に、『死都ブリュージュ』で名高いジョルジュ・ローデンバックの『時計』、SF的な卓越した時間操作や科学的知見を駆使するマルセル・ティリーの『劇中劇』、ベルギーの風土的空気感とファムファタルが誘う恐怖を描くトーマス・オーウェンの『不起訴』、フランス・エレンスの『分身』、ルドンの挿し絵と共にエドモンド・ピカールの『陪審員』が収められている。「ベルギー研究会」の今後の活動にも注目したいところだ。
この記事の中でご紹介した本
幻想の坩堝(るつぼ) ベルギー・フランス語幻想短編集/松籟社
幻想の坩堝(るつぼ) ベルギー・フランス語幻想短編集

編 集:岩本 和子、三田 順
出版社:松籟社
以下のオンライン書店でご購入できます
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