凍土二人行黒スープ付き 書評|雪舟 えま(筑摩書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年2月24日 / 新聞掲載日:2017年2月24日(第3178号)

凍土二人行黒スープ付き 書評
ディストピアは黒スープの夢を見るか

凍土二人行黒スープ付き
出版社:筑摩書房
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ディストピア小説がブームと言われる現代の文学シーンをどう見るべきだろうか。20世紀生まれからすると、世紀末はとっくに過ぎ、輝かしい未来(ドラえもんの世界さながらにすべてがほどよく機械化され、チューブ状の通路で繋がれた無機質な住居に何の苦労も苦痛もなさそうな人たちが均質に暮らしている、みたいな)に思えた21世紀には、現状あまりにも希望が持てそうにないという時代の空気を反映したものであるだろう。ユートピアなんてどこにもない、あるのは管理と搾取で人々を疲弊させるディストピアだけだ。中でも複数の作家が性や生殖が管理されるシステムを描いているのは、私たちが現代生きる社会の中で人の命を繋いていく根本的な部分から揺るがされているのを鋭敏に感じ取ってのことだと言える。
『凍土二人行黒スープ付き』もまた、ディストピアを描いている。舞台は未来のどこか遠い凍てつく星。海を満たすのが水ではなくガスで、クローンが人に仕えるものとして開発され、キンという不思議な生き物の一部をバケツにすくって生活の糧となし、一人の人間がI型とⅡ型という二つの性別を行き来するこの世界は、どれだけ先の未来なのか、それともアナザーワールドなのか、よくわからない。ただ、そこはひたすら寒く、人々は仕事を得ることもままならず、淋しさと不安を隠せないでいる。何かを求めてこの星に移ってきたのに、気候は厳しく、土地は貧しく、富める者はほんの一部で、後は貧しさに耐えながらただ生きるしかないのだ。いろいろなところからの移民がごった返す中には、「シガ」「ナガノ」という呼称を持った我々の国と繋がりを持つ人やクローンがいることもわかる。ただ、詳細に描写されればされるほど、ふわふわとつかみどころがなく先の見えない物語世界であることも確かだ。読む者もその世界の中を浮遊しつつ漂うことになる。

四つの連作短編から浮かび上がるのは、このすさんだ世界で「二人で生きること」を見つけた時に差し込む一条の光と温もりだ。

雪舟えまの書く「ふたり」は美しい(それは本作以外の作品にも共通する)。さみしさゆえに家の声が聞けるようになった家読みと自分の腕に爆破装置をつけながら追われるクローンが出会い一緒に旅をすると決める瞬間、泣きながら体に絵を描く少年がキンを追いかけて一体化する時に感じる至福、人に心を動かされることのなかった役人と感情を人に合わせられない子が周囲の目を引くほど幸せに過ごす時間……。凍てつくこの星で、孤独や不安を抱えている欠けのあるピース同士がぴたりと合わさったような、切なさと愛おしさがこみ上げてくるような、そんなふたりの姿が描かれる。ふたりが連れ立って移動する場面はどれも幸福感に満ちていて必ずしも性的な結びつきを伴わず、ふたりだけの新しい未来を予感させる。

タイトルにもある「黒スープ」はふたりを満たす温かさの象徴として登場する。この星のあちこちで飲まれている黒いスープは、誰かのために作られ手渡されるものとして描かれる。真っ黒で滋味豊かそうなスープを受け取る側の幸せ。それはスタンドでも手軽に買えるし、「徐華のわかれ」でリョクに手渡されたおばさんの黒掌苔のスープのように必ずしも報われるわけではないけれど、確かにそこにある愛である。と同時に、地域や作る人によって形を変えても、この星の土から生まれた共通言語のようなものであり、重力として人に作用するものでもあるのだ。
この記事の中でご紹介した本
凍土二人行黒スープ付き/筑摩書房
凍土二人行黒スープ付き
著 者:雪舟 えま
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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