署名はカリガリ 大正時代の映画と前衛主義 書評|四方田 犬彦(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 芸術・娯楽
  5. 映画
  6. 署名はカリガリ 大正時代の映画と前衛主義の書評
読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年2月24日 / 新聞掲載日:2017年2月24日(第3178号)

署名はカリガリ 大正時代の映画と前衛主義 書評
近代の意味の再考を促す 
日本に於ける前衛主義の目覚めに迫る

署名はカリガリ 大正時代の映画と前衛主義
出版社:新潮社
このエントリーをはてなブックマークに追加
日本の文化、芸術に「前衛(アヴァンギャルド)」の運動が起こるのは大正時代からだ。日露戦争勝利が国民に日本も近代国家の一等国になったという意識を芽生えさせ、都市部では近代的なインフラ整備に拍車がかかる。物質、生活、習慣、意識のあらゆる面で「改造」がキーワードとなった。そこに第一次世界大戦後のヨーロッパの「ベル・エポック」としての一九二〇年代、すなわち古い伝統の殻を打ち破ろうとするモダニズムの波が重なる。明治から数えて僅か五十年ほどで、日本は近代化だけでなくその近代の超克を目指す前衛主義をも世界的同時性の裡に抱え込むことになった。

本書はドイツ表現主義映画の傑作として知られる『カリガリ博士』(一九一八)に触発され、日本で初期の前衛映画製作に挑んだ谷崎潤一郎、大泉黒石、溝口健二、衣笠貞之助と彼らの作品を分析しながら、日本に於ける前衛主義の目覚めに迫った一冊だ。本書で特徴的なのは、著者の四方田が、谷崎たちの前衛の仕事の中に孤独と挫折を積極的に読みとっている点だ。大正時代の前衛主義は、ヨーロッパからその概念を教えられたが、皮肉なことに日本では前衛が攻撃すべき強固な伝統文化は存在していなかった。前近代の江戸は明治という近代によって破壊され、その明治の近代はまだ充分な伝統に熟していない。加えて映画という存在自体が、近代の発明品として輸入されながらも、その内容や観客は歌舞伎や新派を継承した心地よい大衆娯楽であって、映画が芸術的実験を行うメディアでもあり得るという認識が一般には出来ていなかった。二重、三重にもつれた関係のなかで谷崎たちは孤独と挫折を強いられていったと四方田は記す。映画を通じて、日本にとっての近代の意味の再考を促す刺激的な指摘だ。

その意味では本書を一つの足掛かりに、ピーター・ゲイ『ワイマール文化』(みすず書房)、モードリス・エクスタインズ『春の祭典 第一次世界大戦とモダン・エイジの誕生』(同)のような一九二〇年代の芸術と精神史、山口昌男『敗者の精神史』『挫折の昭和史』(岩波書店)といった日本の近代と人物への新しい眼差し、あるいはストレートに五十殿利治『日本のアヴァンギャルド芸術―“マヴォ”とその時代』(青土社)など日本の前衛芸術運動に、興味と読書の幅を拡げていくのが良いだろう。映画史の文脈だけで読み留めておくのが惜しくなる本である。
この記事の中でご紹介した本
署名はカリガリ 大正時代の映画と前衛主義/新潮社
署名はカリガリ 大正時代の映画と前衛主義
著 者:四方田 犬彦
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
中野 正昭 氏の関連記事
四方田 犬彦 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
芸術・娯楽 > 映画関連記事
映画の関連記事をもっと見る >