稀代の本屋 蔦屋重三郎 書評|増田 晶文(草思社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年2月24日 / 新聞掲載日:2017年2月24日(第3178号)

稀代の本屋 蔦屋重三郎 書評
江戸出版人「蔦重」の心意気 
その核には創作への矜持、 芸術への果てなき渇望が

稀代の本屋 蔦屋重三郎
出版社:草思社
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「蔦重」と愛称される伝説の出版プロデューサー蔦屋重三郎の波乱に満ちた四十八歳の生涯を恋川春町、朋誠堂喜三二、喜多川歌麿、山東京伝、十返舎一九、滝沢馬琴など蔦重を取り巻く男たちの友情を背景として、あますところなく描いた時代小説である。物語のスタートは蔦重が無名の画家を起用して歌舞伎役者の大首絵をかかせるシーン。絵の神髄を見極めるべく、すべての絵に心血を注ぎ、一枚たりとも妥協の作はないとする「人形づかい」蔦重の姿が活写される。冒頭からこの小説の面白さは半端ではない。

謎の浮世絵師・写楽の人物像には三十余の別人説があり、一説には蔦重本人だともいう。本書では、最有力説である「能役者・齋藤十郎兵衛」説をもとにストーリーが展開される。闕所、財産の半分をもっていかれて一度は死んだはずの蔦重が最後の大仕事として再起をかけて出版したもの、それが写楽の役者絵であり、突然登場し忽然と消えた写楽の謎が解き明かされている。

田沼意次が老中となった年の翌年、蔦重は江戸の町衆が「粋」や「通」へのあこがれを重ね合わせる吉原の遊郭入口に小さな本屋を開業し、本が新しい力を持つ時代の扉を開く。

“質素と倹約、文武奨励に淫風矯正”を標榜した松平定信の寛政の改革は蔦重にとって「迷惑このうえ代物」であった。寛政三年(一七九一)山東京伝の書いた洒落本三部作が寛政の改革を風刺したものとして咎めを受け、蔦重は身上半減の刑、京伝は手鎖五十日の刑に処せられる。だが、反骨のほむらを胸に秘めた蔦重は、かつて黄表紙が持っていた反骨と諧謔を絵にぶちまけんと、歌麿を立てて這い上がる。蔦重がいかにして出版を続けるのか摸索、苦悩するシーンは痺れるほどに感動的である。やがて、子飼いの歌麿の裏切りにも等しい離反に遭遇し蔦重は落胆する。歌麿にかわる絵師として登場するのがかの写楽である。

作家増田晶文の主張のひとつは「戯作者や絵師の才を見抜き、ぐいっとひっぱりあげ、とことん惚れぬき深く濃く交わりたい。これぞ本屋の仕事。商売の小細工などその次の次でいい、と蔦重は心に決めている」というくだりに集約されているのではないか。“売れない”という現実に直面して作家を発掘し育てることもせず、安易なものに流れて空洞化している現在の出版業界が対極に浮かんでくる。「蔦屋耕書堂にくれば、店に溢れる江戸の粋の雰囲気に酔えた」といえるにふさわしい戯作者や絵師を発掘し世に送り出すことに、蔦屋重三郎は心血を注いだのである。江戸出版人「蔦重」の心意気の核には創作への矜持、芸術への果てなき渇望があった。「稀代の本屋」たるゆえんである。
この記事の中でご紹介した本
稀代の本屋 蔦屋重三郎/草思社
稀代の本屋 蔦屋重三郎
著 者:増田 晶文
出版社:草思社
以下のオンライン書店でご購入できます
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