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職業としての「国語」教育 方法的視点から(工藤 信彦)石風社
職業としての「国語」教育 方法的視点から
著 者: 工藤 信彦くどうのぶひこ 
出版社:石風社
ISBN:978-4883442904
1,800円(税別)
こんなに濃密で知的刺激に充ちた
「国語の授業」があったのだ
 
国語の力とは書く力のことである。
日本語という文字を言葉として記すことのできる力である。
 
装幀:毛利一枝
 
 
  「学校国語」について ――序にかえて
「国語教育」――「学校」が「教えるプロと教わるプロが、同時間・同空間で言葉によってパフォーマンスし合う生活空間」である以上、共に読むという共同作業が前提であると共に、試験という学力評価を必要とする制度である。テストを抜きにしては学校国語は存在しない。個性育成、主体性重視を、生徒にのみ求める概念論は論外と考えている。教材としての一つの文章を、一人の教師と不特定多数の生徒たちとが、共有する論理で〈文章〉を読み解く方法の会得。その理解の検証がテストの結果となる。思ったり考えたりすることが重要なのではなく、それらを言葉にして書くことで初めて〈国語力〉となる。書くことによって初めて国語が人間力となる。同音異義を挙げるまでもなく、日本語は文字言語である。読み手に応じて相応の分量で記される時、国語は国語になる。「学校」が出来ることを念頭にしての〈国語力〉の育成――。振り返って整理するとこんな風に。教えることで私もまた育てられた。
  
…………………………………………………..
 
 国語の科学的ハウ・トゥとは、あらゆるジャンルの文章のパーツを整理、分類しつつ読み、一冊の本の章や節を構造的に読むことによって、世界を言葉で理解することとなる。ここに、国語が一教科であること、つまり学校という制度空間で教師と生徒によって行われる共同パフォーマンスであるという視点が接合される。したがって、各々が理解したことを書いて表現することが必須となるのである。試験をこのように位置づける視点はユニークであり、またこの学校論は、学校制度に向けた根本的な問題提起と読むことができる。(全文はこちら)
中山智香子(東京外国語大学・教授)
 
 読みとは作業であり、作業とは〈方法〉として可約なものである――授業の衝撃を経て、十五歳の日々にかく「読み」に自覚的たり得たことはいま、社会人としての私自身の方法論の基礎となっている。
松田晃(NTTデータ・システム運用)
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