【私の研究テーマを紹介します】
中世の「異教徒」の表現に新たな見地を得る

著 者:趙泰昊
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【私の研究テーマを紹介します】
中世の「異教徒」の表現に新たな見地を得る

趙泰昊(信州大学助教)



◆研究発表テーマ
中英語ロマンスにおける他者の同化とアイデンティティの証明――サラセンの改宗譚を中心に


 キリスト教が支配的であった中世ヨーロッパ世界の文学作品において、キリスト教を信仰しない異教徒はどのように表現されていたのだろうか。私が主な研究対象とする後期中世イングランドで書かれたロマンス作品は、当時の人々が自分達とは「異なる」存在をどのように理解し、表現しようとしていたのかを教えてくれる。

 中世において自己と他者を区別する際に最も重要な指標となるのは信仰であるが、「異教徒」を描き出すために用いられた描写は、現在の人種表象と極めてよく似通っている。非キリスト教徒の肌の色は黒く、キリスト教徒の肌は白く描かれ、信仰と人種はまるで不可分なものであるかのように表現されている。十四世紀の物語King of Tarsの中では、異教徒がキリスト教徒になるべく洗礼を受けると、その肌の色が黒から白へと変化する場面がある。現在においては後天的、あるいは文化的なものと考えられる信仰が、中世では身体的なものとして描かれているのだ。肌の色などの身体的特徴に根ざした人種的区分は不可変であると考える現代の人々にとって、こうした中世の物語における「他者」の描写は、科学知識が欠如した時代の荒唐無稽な想像の産物として理解されるかもしれない。

 一方で、自己と他者を区別する基準は、現在においても曖昧で流動的なものである。例えば、それぞれ異なる「人種」に属する両親の間に生まれた子供の「人種」について考えてみれば、自明のものである様に思われたこの区分が、極めて恣意的で不確かなものであるということに気付くだろう。中世との差異は現在の人種観を再考するきっかけにもなり得るのだ。

 それ自体が我々とは異なると想像される「他者としての中世」に書かれた物語を通して、我々は現在の常識とは異なる考え方に触れることができる。過去に生きた他者の視点から物事を見つめ直すという体験は、自己と他者の区分について考えるための新たな見地を我々に与えてくれるのである。(ちょう・てほ=中英語文学研究)