【私の研究テーマを紹介します】
声なき声をひろいあげ広く社会に響かせる物語

著 者:木島菜菜子
出版社:

【私の研究テーマを紹介します】
声なき声をひろいあげ広く社会に響かせる物語

木島菜菜子(京都ノートルダム女子大学講師)



◆研究発表テーマ
聞こえない声を響かせる――A Christmas Carol における音と声


 私の小説研究は、物語の展開における細部と、作品の主題との関係を考察することで、作品全体の構想や作者の技巧を明らかにしようとするものである。

 ディケンズの『クリスマス・キャロル』には、物語が始まる時にはすでに亡くなっているマーレイが、スクルージの家のドアノッカーとして登場してくる場面がある。なぜマーレイはドアノブなどではなく、ノッカーとして登場するのだろうか。これは、亡くなって声を失ったマーレイが、音声を回復しようとしているからではないだろうか。マーレイは実際、その後亡霊として再登場し、スクルージに自分の警告を「聞け」と声を発する。

 このようにこの物語の中にはうるさいほど音声への言及がみられる。そしてけちで心の冷たいスクルージの心境の変化は、彼に聞こえる物音の変化という形で表現される。物語の前半では何の物音にも動じないスクルージは、やがて小さなこだまの名残にさえ心を動かされるようになっていく。そしてクリスマスの幽霊によって、「無知」と「貧困」という名の子どもたちを見せられたスクルージが、この子たちには頼るものがないのかと幽霊に尋ねると、幽霊からは「監獄はないのか、救貧院はないのか」という言葉が返ってくる。実はこれは物語冒頭で、貧者に手を差し伸べることを断った時のスクルージ自身の言葉のこだまなのである。この子どもたちは声を発しないが、幽霊が彼らに代わって、このような子どもたちに手を差し伸べない社会を告発しているのである。

 一八四〇年代のイギリスは、貧困問題が特に顕著になった時代であった。四三年には児童労働の実態に関する調査報告書が出され、これに触発されて『クリスマス・キャロル』は執筆されている。

 このように考えてみると、本来聞こえないはずの死者の声にスクルージの、そして読者の注意を喚起することに始まるこの作品は、社会に対して声をあげる手立てを持たない社会的弱者の声、すなわち子どもたちや貧しい労働者の声なき声を、彼らに代わってひろいあげ、広く社会のなかに響かせようとした物語だと読むことができるのである。(このしま・ななこ=英文学)