観るものに問う映像―記憶、闇

土屋昌明×鈴木一誌×金子遊 トークイベント載録

ワン・ビン監督作品『死霊魂』公開/『ドキュメンタリー作家 王兵』刊行を機に

『鉄西区』『鳳鳴 中国の記憶』につづき、山形国際ドキュメンタリー映画祭三度目の大賞を受賞した、ワン・ビン監督作品『死霊魂』が八月一日より公開となる。八時間二六分(三部上映)の超大作が描くのは、『鳳鳴』『無言歌』と同じく、一九五〇年代の中国史の闇〈反右派闘争〉。〈百家争鳴〉キャンペーンで自由にモノを言ったがために〈右派〉とされ、送られた収容所は飢餓地獄だった――。
コロナウイルスの影響で上映延期となる直前の三月二十一日、アテネフランセ文化センターで、専修大学教授の土屋昌明氏とブックデザイナーの鈴木一誌氏、映像作家・批評家の金子遊氏が、映画公開と『ドキュメンタリー作家 王兵 現代中国の叛史』(土屋昌明・鈴木一誌編著)刊行を記念し、行ったトークイベントを載録する。   (編集部)

ビデオカメラ一台で、中国の歴史と対峙する

【金子】
アテネ・フランセ文化センターの松本正道さんの言葉を借りれば、『死霊魂』という八時間半の超大作は、「ビデオカメラ一台で巨大国家中国の歴史と対峙する」、そんな作品だといえるかもしれません。
王兵監督は二〇〇三年に『鉄西区』でデビューして十数年、現代中国の、というよりは、既に世界を代表するドキュメンタリー作家といっていいでしょう。ですが、私が調べた限りでは、王兵の研究書は英語圏で一冊しか出ていません。そのような中、土屋さんと鈴木さんが足掛け五年かけて制作した『ドキュメンタリー作家 王兵 現代中国の叛史』(ポット出版プラス)が四月初旬に刊行となります。
本書の企画は、どのように始まったのでしょうか。

【鈴木】
土屋さんとの最初の共著は『目撃!文化大革命』(二〇〇八年、太田出版)です。きっかけは時枝俊江監督の『夜明けの国』(岩波映画)のフィルムを土屋さんが発見してきたことでした。

【土屋】
映画そのものは前田年昭さんに教わったのです。それで、専修大学で二〇〇四年に『夜明けの国』を上映したとき、コメンテーターとして鈴木さんに来ていただいたのが最初でしたね。

【鈴木】
『夜明けの国』は、文化大革命との遭遇を記録した貴重な作品ですが、この映像をいきなり、ことに若い世代が観ても理解できないだろう。であれば、この映画を複数人で徹底的に読み解いてみてはどうかと。映画の社会背景を解説し、採録シナリオとDVDを付けた本を作りました。
映画作品はスクリーンが全てだ、という表層批評的な立場がありますが、映画を社会性の方に押し戻しても、知識を取捨選択すれば鑑賞の邪魔にはならない。『鉄西区』や『鳳鳴 中国の記憶』を話題にしながら、次は王兵の本を作りたいねと話していた。

【土屋】
二〇〇八年に、鈴木さんは、土本典昭監督と『全貌フレデリック・ワイズマン』(二〇一一年、岩波書店)を作っていて、王兵は必ずワイズマンからの影響を受けているはずだと。私はそのときパリにいたのですが、鈴木さんから連絡があって、王兵にワイズマンを観ているかどうか訊いてくれと(笑)。それでパリから王兵に電話をかけると、たまたま繫がって、自分はワイズマンを観ていないと言う。ならばDVDを送るから、観て感想文を書いてくれと頼みました。

【金子】
相手は学生じゃないんですから(笑)。

【土屋】
でも王兵は、いま移動中で郵便局に行くことができないので、DVDを受け取れないと。どういうことだろうと思っていたら、その後パリで『石炭、金』が公開されたのです。

【金子】
そのころ王兵はきっと『石炭、金』の撮影中で、トラックの助手席に座り、右に左にカメラを向けていたのですね。

【土屋】
そのあと王兵がパリに来たので、カフェで本を作りたいと話したら、協力すると言ってくれた。

【鈴木】
この『ドキュメンタリー作家 王兵』は端的には、『鳳鳴』について徹底的に読み解くことを中心にしています。『鳳鳴』から王兵の作品世界を見晴らそうとした。

【金子】
ほぼ固定した画面で、反右派闘争で再教育収容所に送られた和鳳鳴という女性が、その人生を滔々と語る作品でしたね。

【土屋】
鈴木さんは先ほど、映画作品と社会の関係を取り戻していく、と話されました。私はもう一つの側面として、歴史を解読していくことが、王兵の作品を観るときに必要だと考えています。中でも、歴史性を最も濃厚に感じたのが『鳳鳴』でした。この一人の女性に歴史が詰まっている。
ただし、彼女の語りを映画として流し見ただけでは、詳細な歴史背景を理解できない。歴史背景を映像からより詳密に抽出する方法がないか、という思いから、鳳鳴の語りを全て文字に起こして採録シナリオ化し、その上で解読することにしたのです。

【鈴木】
『鳳鳴』は、王兵の作品の中でも、圧倒的にセリフ量が多い作品です。映画字幕には字数制限があり、字幕製作は制約の中での語りの再創造ですが、一方で、話されている内容を徹底的に訳出してみたらどうかという興味もあった。
一九四九年に共産党政権が樹立され、一九五七年から反右派闘争が起きた。幹部たちはノルマとして一定数の「右派」を炙り出す必要があり、鳳鳴は夫ともども罠におとしいれられるようにして批判され、再教育収容所に送られ、飢餓をはじめとする様々な困難を体験する。さらに文化大革命でも「右派」のレッテルを貼られる。『鳳鳴』は一人の女性が生き抜いてきた「歴史の縦軸」を描いている。鳳鳴の語りに耳を傾けることで、現代中国史と斬り結べるのではないかと考えた。
ただ本書の制作中も、『鳳鳴』を中心に据えて王兵の全体像を見渡せるのか、不安がありました。でも『死霊魂』を観て、見当違いではなかったと確信した。

『無言歌』『鳳鳴』『死霊魂』内的に結ばれた関係性

【金子】
本書にはほかにも、王兵のインタビューが二本、それから『鳳鳴』以外の作品についての評論や、巻末には充実したフィルモグラフィも掲載されています。これは素晴らしい。ほぼ全作品について詳密に解説されていて、舌なめずりするように読みました。

【土屋】
フィルモグラフィでは、特に「あらすじ」を山口俊洋さんが丁寧に作ってくれました。金子さんが、王兵論はほとんど本になっていないとおっしゃいましたが、中国語や英語、フランス語圏で、批評は意外にあるのです。王兵本人もいろいろな場で話をしています。そういうものを多く集めてモンタージュし、解説を一つのドキュメンタリーのように組み立てようと考えました。日本国内では知られていない情報まで、満載できたと自負しています。

【金子】
『鳳鳴』が王兵作品の背骨に位置するという意見には反対しませんが、時系列を確認すると、二〇〇四年に『告別夾辺溝』(後『夾辺溝記事』に改題)という小説を批評家に渡されて読み、これはぜひとも劇映画にしなければと考えたところから劇映画『無言歌』のプロジェクトが始まった。シナリオを作り、反右派闘争と夾辺溝の再教育収容所で何が起きていたのか、そのリサーチのために、二〇〇五年から三年がかりで、一二〇人の証言者のインタビューを撮っていった。『無言歌』の完成は六年の月日を経た二〇一〇年。その間にブリュッセルのアート・フェスティバルの依頼があり、『無言歌』の取材過程で出会った鳳鳴の語りで一本作った。
『死霊魂』は、本来は『無言歌』とセットで公開するはずだったのが、間に『三姉妹』や『収容病棟』を撮っていて伸び伸びになり、完成したのが二〇一八年。
そう整理してみると、王兵にとってはまず『無言歌』があり、そこから派生したアート的な映像作品に近いのが『鳳鳴』で、ドキュメンタリーの大作が『死霊魂』、という位置づけになりますね。

【土屋】
時系列でいうと確かに『無言歌』が起点ですが、この三つの作品には、もっと内的に結ばれた深い関係性があると思うんです。
例えば『死霊魂』の中で、夾辺溝の収容所があった場所を訪ねるシーンがありますが、現在その土地に住んでいる男が、「この前も、あなた方みたいな人がここにきましたよ」と言います。その人とは、高吉義という収容所の生存者で、『告別夾辺溝』の「逃亡」で紹介されています。
高吉義は、鳳鳴の話にも出てきます。鳳鳴が夾辺溝の農場に夫を探しにきたとき、最寄りの駅に夜半に着き、砂漠の中を収容所まで数キロ歩きます。そのときは無我夢中だったが、のちに高吉義から「狼に出くわしていたら、あなたは食われていた」と言われたと。『無言歌』にも高吉義は登場人物として出てきます。

【金子】
農場から駱先生と呼ばれる老人と共に逃亡して、体力的に進めなくなった先生に、高吉義は自分のコートを着せかけて、暗闇の荒野を走り去る。後から血だらけのコートが見つかって、高吉義が狼に殺されて食われたと収容所の係官に思われた、という話ですね。
他にも鳳鳴の夫の王景超は、『無言歌』の冒頭に出てくる王さんですし、あちこちで三作品の細部が繋がっています。
収容所の生存者や遺族の間に、ネットワークがあるのでしょうか。『鳳鳴』のラストシーンでは、神がかったように電話がかかってきて、それも夾辺溝の関係者からの電話なので、あれには撮影していた王兵自身も驚いた。

【土屋】
鳳鳴は自伝を出版していて、巻末に自分の連絡先を載せています。それで電話がかかってくる。王兵という人は、神的なタイミングに出会ってしまう人なのです。砂漠の中で現地の人と話をしているときに、高吉義の話が出てくる。もちろん、そういう話をしてくれと頼んでいるわけではないのに、そのシーンをカメラに収められた瞬間に、三つの作品が有機的に繋がる。同じ人物が作品をまたいで登場することで、それぞれの作品世界が脳裏に想起される。このような群像性は、司馬遷の『史記』の描き方に重なると、北京電影学院教授の張献民が言っています。


字幕に載らない、鳳鳴の語り詩のリズム

【鈴木】
『鳳鳴』を全訳して分かったことは、字幕では反映しきれない、言葉の反復でした。韻を踏むような鳳鳴の語りには反復によって詩的なリズムが生まれている。例えば「ある男が私に聞いた、『食うか?』、そう聞いたのだ。『食うか?』と」というように。それからこれも土屋さんから教わったことですが、鳳鳴の語りには、直接話法と間接話法が巧妙に入り混じっている。

【土屋】
中国語の語順では、「彼は言った」の後に、「彼」が語った内容がきます。鳳鳴は非常に達者な話者で、「彼は言った」の後を、「彼」の声色や単語を用いて語る。例えば鳳鳴と同じ農場にいた石天愛は天津出身で、鳳鳴は甘粛出身なので言葉が違います。それを彼女に成り代わって、天津の言葉で話すのです。それは字幕では分からないところですね。

【鈴木】
夫が死んだことを知り、夾辺溝の壕に一泊した夜の場面は、「目が覚めると、漆黒の空が見え、星が見えた。そこで思った」。そこで間を取る。声色も冴えて、素晴らしい語りでした。

【土屋】
「そこで思った」のあとで、「おお」とため息を入れている。あのシーンでは、夫が「いま」、私のことを屋根の隙間から見おろしているのではないか、と思って語っている。「その時」と言わず「いま」と時を超えて当時に戻って語っている。そうした話法の転換が興味深いですね。

【金子】
『鳳鳴』は三日間で約八時間、カメラ二台で撮ったのではないか、という考察もありました。一見、鳳鳴が滔々と半生を語っているかに見えるのですが、王兵の構成的な意図が働いている。

【土屋】
『鳳鳴』は十八のカットから成立しています。また『鳳鳴』には長いバージョンもある。長いバージョンは香港の博物館に寄贈され、他にはDVDもないし、上映もされていませんが、それと比べると、一般に公開されている『鳳鳴』は四〇分以上短い。その四〇分の場面の有無で、まるで違う作品になる。私の主観では、短い公開バージョンの方が完成度は高い。

【鈴木】
鳳鳴が夫を訪ねて夾辺溝に行くのが六一年で、そのあとで話は六九年の文革での下放になります。八年間、時間が飛ぶのは、王兵がカットしたのか、そもそも鳳鳴がしゃべらなかったのか。

【土屋】
そこは今後分析しなければいけないところですが、楊顕恵が鳳鳴にインタビューした記事では、文革が始まったあとに、鳳鳴が夫から来た手紙や夫の日記を燃やした話が出てきます。こういう話を王兵に語る機会がなかったわけではない。
文化大革命は六六年五月に始まり、六八年までが造反が起った酷い状況でした。殺人その他の暴力が数多く起った時期です。六九年になると、若者が下放され、その一環で彼女も農村に行くとの話が『鳳鳴』でされています。では鳳鳴が職場復帰した甘粛日報社で酷い暴力沙汰がなかったか、そんなはずはない。
『暴虐工廠』(オムニバス『世界の現状』収録)は短い劇映画で、どこの場所の話なのか明らかにはされていないものの、注意深く見ると、冒頭に『鉄西区』の工場の映像を素材として使っていると思われます。文化大革命時代に鉄西区の工場で暴力があったことは、一般には記述されていない。でも中国現代史を少しでも勉強すれば、労働者がたくさんいたこの地域で夥しい暴力が行われていたはずだ、と予想できます。『暴虐工廠』は、鉄西区という国営の企業と文化大革命という歴史背景を前提に成り立つ映画で、単に暴力を描いた話ではない。それゆえ同じ劇映画である『無言歌』に連なっていく。


王兵と〈難民〉と土の記憶

【鈴木】
『死霊魂』の舞台となる収容所の場所について伺います。夾辺溝といわれる地域に、新添墩収容所と明水収容所とがあった、という理解でよいですか。新添墩からなぜ明水に移る必要があったのでしょうか。明水にいくと、どんどん状況が悲惨になっていきますね。

【土屋】
映画の登場人物たちは明水には一九六〇年秋に移るのですが、なぜ移る必要があったのかは謎でした。しかし『死霊魂』では、それについて解答が示されていると思います。
今でも夾辺溝という農場の過去はタブーです。しかし、鳳鳴は夾辺溝のことを本でも書き、映画でも語っているので、中国の官側の学者から批判を受けています。
この本を作り始めた頃は、夾辺溝農場がどこにあるのか、よく分からなかった。ところが主に鳳鳴の本や『無言歌』によって、この数年で事実が分かってきて、中国国内にも影響を与えています。王兵の作品は中国国内では一作も公開されていないのですが、海賊版が観られています。例えば『死霊魂』第三部に登場する李景沆は別の取材で『無言歌』を酷評しています。『無言歌』の描く状況は自分が体験したのとは違うと。つまり天水に住んでいる李景沆が、王兵の作品を見ている。

【金子】
『無言歌』は悲惨なリアリズムに満ちた映画だと思います。食べ物を体が受け付けず、砂に吐き戻す。その吐瀉物を他の人間が拾って食べる描写とか。
李景沆は、他の生存者とは少し異質な印象を受けました。彼はキリスト教徒で神を信じ、再教育収容所に送られて思想を矯正されようとしても、信仰は揺るがない。
『死霊魂』第三部の映像でも李景沆だけは、王兵が据えたカメラの画角からはみ出すように、立ち上がったり、大きな身振り手振りを交えて話す。
『死霊魂』や『鳳鳴』は人々の証言を集めることで、過去の歴史的、社会的現実を再構成していく、一種のオーラル・ヒストリーだと思って見ていたのですが、第三部に入って違うのかもしれないと思いました。
李景沆は非常に神秘的な話をします。地下壕で、ある夜に目が覚めて丘の上まで歩いていった。そして神に、旧約聖書にあるように、私に奇跡を見せてくださいと願う。すると、ゴビ砂漠の冬にはいるはずもない鳥が三羽飛んできて、目の前にポタッと落ちた。飢餓の状況下ではすごい食料だけれど、それを食べたら自分は死んでしまうと思って、そのまま壕へ帰ったと。非常に文学性に満ちた語りです。
『無言歌』は冷徹さに貫かれていますが、当時の李景沆はその場に居ながら、周囲の人とパースペクティブが違ったのではないか。特異な話者という印象があります。

【鈴木】
王兵の作品は、証言が重ねられ、分厚く歴史が語られる一方で、観ている側に「観ること」それ自体を突きつける。『鳳鳴』でも、観客は画面を観ているのに、自分がまるで取材に立ち会っているような感じがしてくる。映画が客観的な事実を自動的に伝える装置であるというよりも、観ている者が自分なりに解釈しろ、という投げかけをしている。視点の二重化が起っています。それは『死霊魂』も同じで、特に第三部では「この話を信じるのかどうか」、観る者が問われている。

【金子】
今回の本で鈴木さんは、「記憶の居場所王兵と〈難民〉」という評論を書いていますね。王兵の作品はすべからく難民、特に国内の避難民を撮っていると。『鉄西区』第二部「街」ではその後半で、家を壊される人々を撮っていますし、『鳳鳴』でも、彼女は家を失って各地を転々としている。『死霊魂』の再教育収容所に入れられた人々は、ホモ・サケルというのか、仕事も社会性も全て剥ぎ取られた状態で、土を掘って作った地下壕に、ごくわずかの食糧を与えられて、餓死寸前で暮らしている。

【鈴木】
【金子】さんの文章に、リティ・パン監督『消えた画 クメール・ルージュの真実』を論じたものがあります。『消えた画』は、ポルポト政権によって、知識人や都会人が農村や農場へ強制移住や労働を強いられた実態に迫った作品で、『死霊魂』と共通のテーマを扱っています。リティ・パン監督の父親も犠牲者です。映画には、犠牲者の埋められた土でつくられた人形が登場します。金子さんは「虐殺の犠牲者たちが葬られた土、彼ら/彼女たちが強制労働をさせられた土に、人間の身体の外部に残る記憶媒体として語らせる必要があった」(「リティ・パンと七つの外部記憶」『ドキュメンタリーマガジンneoneo』第八号、二〇一六年一二月)と書いている。ひとが土を記憶すると同時に、土もまた人間を記憶する。この往還の関係が「土の記憶」だと。
王兵の作品にも原点として「土の記憶」があるのではないか。鳳鳴の話を聞いていても、どこか土の匂いを感じます。故郷の土、収容されていた農場の土、夫の墓を探した荒野の土、下放された農村の土……。『三姉妹』の赤貧洗うがごとき生活に、王兵は自分の幼い頃の生活を重ねた、と語っています。「土の記憶」において雲南の三姉妹と王兵は繋がっている。
「土の記憶」から引き剥がされたとき、人びとは難民性をもつ。その事態を王兵は捉え続けている。出稼ぎの若者を描く『苦い銭』、『鉄西区』の第一部「工場」の労働者にしても、「土の記憶」を剥ぎ取られて出稼ぎに来ている人たちです。『石炭、金』や『原油』で自然が改変されていく様子を描きつつも、「土の記憶」に足場をおいているから、エコロジカルな告発調にはならない。

【金子】
王兵は、中国の辺境に当たる場所で撮影することが多い。甘粛省と特に雲南省でたくさん撮っています。『収容病棟』も雲南の病棟ですし、『苦い銭』も、雲南から広州市に出てきた若者たちの話です。『TAÁANG』では、タアン族という少数民族を撮っていますが、彼らは二〇一五年に武力紛争が起ったために、ミャンマー側から中国雲南省側へ逃れてきた難民たちです。
国家から見て辺境に暮らす人々、社会の底辺に置かれた貧しい人々を撮るのは、王兵自身が、他界した父親の代りに、十四歳で働かなければならなかった記憶があるからでしょうか。王兵自身の記憶が、撮影衝動の根底にあるのではないか。

【鈴木】
そうした人たちを王兵は、作品の素材としてではなく、「土の記憶」を共有するというエンパシーをもって撮る。

【土屋】
雲南という土地には、『神史』という長編小説を読んで強い興味をもったようです。王兵はこの小説を映画化しようと思いたち、小説の舞台となる長江流域の雲南省、貴州省、四川省の交わる辺りを訪れます。それが三姉妹のいる村だった。現地で三姉妹に出会って方向転換し、『神史』の映画化ではなく、農村を撮ることにした。彼の手元には、農村に関する大量のフィルムがあるはずです。その一部を使って『三姉妹』を作った。そのプロセスの中で『収容病棟』も作られた、という流れだと考えられます。

【金子】
『無言歌』の作られた経緯と似ていますね。『夾辺溝記事』を元に映画を作ろうと現地でリサーチしている間に、現実にすごい人たちに出会うことになり、これは残さねばとドキュメンタリーになっていく。


構成と編集、中国文化の伝統を携えた作り手

【鈴木】
いままでの話で見えてきたのは、王兵の中で、構成(コンストラクション)と、編集(エディティング)が、別々の作業として明確に意識されているのではないか、という点です。リサーチに行ったけれど、そこで実際に出会った人々を撮ってしまうときには、構成者として方向転換している。
『全貌フレデリック・ワイズマン』の中で、映画研究家の石村研二さんがワイズマンの編集について、シークエンスの内部は時系列だけど、シークエンス同士を構成するときは時系列を無視すると書いています。シークエンスの内部を編集することをインターナル・エディティングといい、シークエンス同士を組み立てるのをエクスターナル・エディティングとして、二つを明確に分けるのがワイズマン方式であると。それと同じことを、王兵もやっているのではないか。エクスターナル・エディティングの観点で構成し、インターナル・エディティングの立場から編集する。『死霊魂』では、構成を見つけるのに時間がかかった。結果、構成の見事さが際立っている。

【金子】
『死霊魂』の第一部は序曲のように静かに始まります。だんだん主題が提示され、それが二部で展開されて、三部になるとキリスト者が出てきたり、それまでの生存者の証言から一転して、生きのびられなかった人々の手紙や、その遺族の語りといった、死者との対話が生まれてくる。八時間超の作品で、三部の構成が明確に、かつ一つ一つのシーンが見事に全体に響いている。まるで、長い交響曲やオペラを観ているようです。
第一部では、最初の証言者・周恵南が、自分と同じく再教育収容所に送られた弟・周指南の話をします。次のシーンは弟が病床でインタビューを受けている映像です。と思うと次には、弟の葬式の場面となる。息子は父の死を嘆き悲しみ、弔辞という形で、父の人生を間接的に語ります。兄と弟とその息子との三つの視点の語りが、ここで重なりあうわけです。
あるいは第一部の終わりに、夾辺溝の共同墓地だった場所に、王兵のカメラが入ります。そこには人骨が無造作に落ちている。つづく第二部では応答責任を果たすように、第一部の登場人物たちが慰霊のために、夾辺溝の共同墓地の跡へ詣でて、ここに埋めた死者の名を記した目印の石を探す。
二〇〇五年から三年かけて生存者の証言を撮り、二〇一六年まで追加撮影をし、それを編集者としてまとめ上げていく王兵は、細部に気を配っている。一見したところ証言ドキュメンタリーで、編集などないように見えるのですが、そうではない。

【土屋】
葬式の映像は、素晴らしい。あのシーンが第一部に入っているところに王兵の意図がある。夾辺溝では白骨が散乱しています。再教育収容所で死んでいった人たちも、本来であれば、第一部に出てくるような葬式をして欲しいと地下で思っているだろう、そう思わせる場面です。映像として価値があるだけでなく、中国人の文化・風俗として脈々と受け継がれてきた、葬儀や死者への思いを、見事に描き出してもいると思います。
『死霊魂』では白骨が重要です。白骨が散らばっているのは、誰かが掘り返しているから。あの映像は、無念の中で命を落とした人たちが、死んだ後なおも蹂躙されていると表現しているのです。
そのことは、タイトルの文字にも表現されている。「死霊魂」の「霊」の字は、北魏時代の竜門石窟にある「造像記」にある字を使っています。「死」と「魂」は、それを真似て作った文字です。造像記は、仏像を作る際に傍らに刻んだ言葉であり、慰霊の意味が込められています。そして石碑から拓本を採ったかのように、黒い背景に文字を白く浮かび上がらせています。これは、裏の黒い歴史だという表明です。さらに白文字は白骨を表している。そして拓本のようなタイポグラフィには、歴史に刻み残すという意志が表われている。タイトル一つとっても、非常に深い意味があり、王兵が中国文化の伝統を携えた作り手だと分かる。


王兵作品の映像を通して歴史を研究する

【金子】
『鳳鳴』の中でもっとも痛ましく思うのは、夫を夾辺溝へ捜しに行ったエピソードです。自分自身も他の農場へ送られていた鳳鳴が、やっとのことで夾辺溝に辿り着くと、役人に夫は十二月十三日に死んだと告げられる。彼女が辿り着くおよそ一か月前です。鳳鳴は大泣きして、夜も更けているので壕に案内され一晩を過ごす。
鳳鳴は夫の墓に詣でたいと願います。最愛の人を失ったとき、墓に詣でたい、骨を持って帰りたいと思うのは人情ですね。ただ夾辺溝の人は、決して墓に案内しようとはしなかった。彼女は対応の様子から夫は満足に葬られていないと察する。それで、三十年後に息子を伴って墓を捜しに行く。
『無言歌』に、「上海の女」のエピソードがありますが、それもまた似た内容です。妻はどうしても夫の墓を探すと言い張るが、その遺体は人肉食により下半身の肉が食べられてしまっている。墓にも入っていない悲惨な状態なので、誰も妻に見せたくない。それでも彼女は役人にかけあい、夫の友人にかけあって遺体と再会し、火葬にして骨を持ち帰ります。

【土屋】
中国では人間は肉身のままあの世にいくと考えますから、基本的に土葬です。上海から来た女性も遺体を持って帰りたいと言ったが、それでは列車に乗れないので、泣く泣く焼いて骨にする決断をした。
「上海の女」の話は、孟姜女という中国の伝説にもよく似ています。万里の長城建設で死んだ夫の遺体が見つからず、慟哭で長城を崩し、遺体を発見した女性の話です。夾辺溝の「辺」は万里の長城をさしています。王兵の作品にはそうした古典や中国文化との重なりも見られます。

【鈴木】
王兵は二〇〇五年ころに夾辺溝収容所の生存者に集中的に取材します。すぐやらねば聞けなくなるということだったのですか。

【土屋】
そうでしょう。既に登場したほとんどの人が亡くなっています。本の中で王兵がインタビューに答えていますが、もう決してあのような映像は撮れない。

【金子】
映画の画面で、何年に何歳だった人にインタビューした。十年後再び取材に行き何歳になっていて、その何年後に死んだと、全てテロップに記されますが、それにはどんな意図があったと思われますか。

【土屋】
王兵は記憶の想起という行為そのものにも関心があったのだと思います。この点を含めて私は王兵作品を映像歴史学という視点から考えたいと思います。映像を通して歴史を研究するという側面です。先ほど金子さんは、王兵の映画は純粋なオーラル・ヒストリーではないかもしれない、とおっしゃった。芸術的な側面と同時に王兵の作品は、歴史的な色合いがかなり強いと感じます。中国系の映像作家で、あれほど正面から歴史に向かっている人は他にいないでしょう。
私は王兵の考え方や構成の理念を、もっと研究して明らかにしなければと思っています。先ほど申し上げた、『死霊魂』のタイトルのような、中国古典の素養。あるいは司馬遷に通じる群像性などですね。
またこれはフランスの美術史家ディディ=ユベルマンがいったことですが、カメラを直接対象に向ける撮り方と、それとなくほのめかす間接的な撮り方があり、王兵には確かにそういう二つの側面があります。ほのめかすような撮り方というのは、山水画の描き方と似ているそうです。山水画では余白の存在が重要なのですが、例えば『鉄西区』でどうしてあんなに機関車が出てくるのか。機関車は山水画でいう余白なのではないか。まだまだ考えたいことが王兵の作品にはある。

【金子】
『死霊魂』を観た後で思うのは、『鳳鳴』も『無言歌』も過去ではなく、現在進行形の中国共産党政権の問題が描かれているということです。一見、王兵は客観的な姿勢で歴史を撮っているように見えますが、それを観るわたしたちの実感は、いまもなおその問題は続いているように思えます。チベットは中国共産党に抑圧され続けているし、ウイグルの百万人という人たちが再教育収容所に送り込まれ、言語や文化や民族的アイデンティティを奪われている現状があります。あるいは法輪功という新興宗教への弾圧は未だに終わっていない。『死霊魂』を含む三作は、いまも続く中国の現在の問題のメタファーとして、私たちに突き付けられる切っ先なのではないか。この映画で本当に怖いのは、人がたくさん餓死したとか、人肉を食べたとか、そういうことではなくて、すぐ隣の国にいまなお起きている事実、それを私たちの問題として、突きつけられることなのではないかと思います。

【鈴木】
出来るだけ多くの人に『死霊魂』を観てほしいですね。(おわり)