観るものに問う映像―記憶、闇 

土屋昌明×鈴木一誌×金子遊 トークイベント載録

ワン・ビン監督作品『死霊魂』公開/『ドキュメンタリー作家 王兵』刊行を機に

『鉄西区』『鳳鳴 中国の記憶』につづき、山形国際ドキュメンタリー映画祭三度目の大賞を受賞した、ワン・ビン監督作品『死霊魂』が公開となる。八時間二六分(三部上映)の超大作が描くのは、『鳳鳴』『無言歌』と同じく、一九五〇年代の中国史の闇〈反右派闘争〉。〈百家争鳴〉キャンペーンで自由にモノを言ったがために〈右派〉とされ、送られた収容所は飢餓地獄だった――。
コロナウイルスの影響で上映延期となる直前の三月二十一日、アテネフランセ文化センターで、専修大学教授の土屋昌明氏とブックデザイナーの鈴木一誌氏、映像作家・批評家の金子遊氏が、映画公開と『ドキュメンタリー作家 王兵 現代中国の叛史』刊行を記念したトークイベントを行った。その内容を載録する。(編集部)

ワン・ビン監督作品『死霊魂』8月1日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開予定














ワン・ビン監督作品『死霊魂』より

■ビデオカメラ一台で、中国の歴史と対峙する

金子 アテネ・フランセ文化センターの松本正道さんの言葉を借りれば、『死霊魂』という八時間半の超大作は、「ビデオカメラ一台で巨大国家中国の歴史と対峙する」、そんな作品だといえるかもしれません。
 王兵ワン・ビン監督は二〇〇三年に『鉄西区』でデビューして十数年、現代中国の、というよりは、既に世界を代表するドキュメンタリー作家といっていいでしょう。ですが、私が調べた限りでは、王兵の研究書は英語圏で一冊しか出ていません。そのような中、土屋さんと鈴木さんが足掛け五年かけて制作した『ドキュメンタリー作家 王兵 現代中国の叛史』(ポット出版プラス)が四月初旬に刊行となります。

土屋 大変でしたね。

鈴木 やっと王兵の呪縛から解かれました(笑)。

金子 本書の企画は、どのように始まったのでしょうか。

鈴木 土屋さんとの最初の共著は『目撃!文化大革命』(二〇〇八年、太田出版)です。きっかけは時枝俊江監督の『夜明けの国』(岩波映画)のフィルムを土屋さんが発見してきたことでした。

土屋 映画そのものは前田年昭さんに教わったのです。それで、専修大学で二〇〇四年に『夜明けの国』を上映したとき、コメンテーターとして鈴木さんに来ていただいたのが最初でしたね。

鈴木 『夜明けの国』は、文化大革命との遭遇を記録した貴重な作品ですが、この映像をいきなり、ことに若い世代が観ても理解できないだろう。であれば、この映画を複数人で徹底的に読み解いてみてはどうかと。映画の社会背景を解説し、採録シナリオとDVDを付けた本を作りました。
 映画作品はスクリーンが全てだ、という表層批評的な立場がありますが、映画を社会性の方に押し戻しても、知識を取捨選択すれば鑑賞の邪魔にはならない。『鉄西区』や『鳳鳴フォンミン 中国の記憶』を話題にしながら、次は王兵の本を作りたいねと話していた。

土屋 二〇〇八年に、鈴木さんは、土本典昭監督と『全貌フレデリック・ワイズマン』(二〇一一年、岩波書店)を作っていて、王兵は必ずワイズマンからの影響を受けているはずだと。私はそのときパリにいたのですが、鈴木さんから連絡があって、王兵にワイズマンを観ているかどうか訊いてくれと(笑)。それでパリから王兵に電話をかけると、たまたま繫がって、自分はワイズマンを観ていないと言う。ならばDVDを送るから、観て感想文を書いてくれと頼みました。

金子 相手は学生じゃないんですから(笑)。

土屋 でも王兵は、いま移動中で郵便局に行くことができないので、DVDを受け取れないと。どういうことだろうと思っていたら、その後パリで『石炭、金』が公開されたのです。

金子 そのころ王兵はきっと『石炭、金』の撮影中で、トラックの助手席に座り、右に左にカメラを向けていたのですね。

土屋 そのあと王兵がパリに来たので、カフェで本を作りたいと話したら、協力すると言ってくれた。

鈴木 この『ドキュメンタリー作家 王兵』は端的には、『鳳鳴』について徹底的に読み解くのを中心にしています。『鳳鳴』から王兵の作品世界を見晴らそうとした。

金子 ほぼ固定した画面で、反右派闘争で再教育収容所に送られた和鳳鳴ホー フォンミンという女性が、その人生を滔々と語る作品でしたね。

土屋 鈴木さんは先ほど、映画作品と社会の関係を取り戻していく、と話されました。私はもう一つの側面として、歴史を解読していくことが、王兵の作品を観るときに必要だと考えています。中でも、歴史性を最も濃厚に感じたのが『鳳鳴』でした。この一人の女性に歴史が詰まっている。
 ただし、彼女の語りを映画として流し見ただけでは、詳細な歴史背景を理解できない。歴史背景を映像からより詳密に抽出する方法がないか、という思いから、鳳鳴の語りを全て文字に起こして採録シナリオ化し、その上で解読することにしたのです。

鈴木 『鳳鳴』は、王兵の作品の中でも、圧倒的にセリフ量が多い作品です。映画字幕には字数制限があり、字幕製作は制約の中での語りの再創造ですが、一方で、話されている内容を徹底的に訳出してみたらどうかという興味もあった。

土屋 字幕だけでは、妙な誤解をしてしまう場合もあります。例えば、鳳鳴は共産党・解放軍による蘭州解放後、蘭州大学に進学するはずだったのを取り止め、自分も革命に献身すべきだと、甘粛日報社への就職を考えたのです。その面接ではチャイナドレスを着ていたけれど、採用が決まるとグレーの制服を支給されたと鳳鳴は話します。それを鈴木さんは、美しいチャイナドレスを脱いで、社会主義の制服に変わったと捉えていた。しかし鳳鳴のような当時の女性が着ていたのは、藍色の簡素なもので、日本人がチャイナ服と聞いてイメージするような華やかな衣類ではありません。

鈴木 一九四九年に共産党政権が樹立され、一九五七年から反右派闘争が起きた。幹部たちはノルマとして一定数の「右派」を炙り出す必要があり、鳳鳴は夫ともども罠におとしいれられるようにして批判され、再教育収容所に送られ、飢餓をはじめとする様々な困難を体験する。さらに文化大革命でも「右派」のレッテルを貼られる。『鳳鳴』は一人の女性が生き抜いてきた「歴史の縦軸」を描いている。鳳鳴の語りに耳を傾けることで、現代中国史と斬り結べるのではないかと考えた。
 ただ本書の制作中も、『鳳鳴』を中心に据えて王兵の全体像を見渡せるのか、不安がありました。でも『死霊魂』を観て、見当違いではなかったと確信した。<つづく>

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