MMT(現代貨幣理論)
正しい[理解・検証・議論]のために

対談=森永康平×田中秀臣

森永康平著『MMTが日本を救う』(宝島社)刊行を機に

 平成から続く日本経済の長期停滞は2019年に実施された消費増税、そして今年に入り猛威をふるっている新型コロナによる影響で新たな局面を迎えようとしている。日本経済に明るい兆しが見えないなか、昨年経済論者を中心にネットなどで注目を集めた経済理論の「MMT(現代貨幣理論)」は侃々諤々、大いに議論を巻き起こし、関連する書籍も多数出版された。
 経済アナリストの森永康平氏が初の単著となる『MMTが日本を救う』(宝島社)を6月に上梓した。MMTの基本的な理論をわかりやすく解説し、同時に日本経済の現状を新型コロナの影響も加味しつつ論じた一冊である。
 今回、森永氏と経済学者の田中秀臣氏にZOOMで対談いただき、「MMT」の主張の根幹となる部分を中心に検証していただいた。(編集部)

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MMT ブームと曲解

 森永 今回の対談の企画書を見せていただいたときに、相手方の第一案に田中先生のお名前があったのを見て、さすがにMMTを批判的に論じている田中先生は引き受けていただけないだろうと思っていたんですよ。それが今回対談をご快諾いただいたということで、正直驚きました。

 田中 実は僕が大学院生のとき、1990年代のはじめ頃ですが、そのときからMMTの始祖とされているハイマン・ミンスキーのことは知っていたんです。なぜかというと、その当時、日本はバブルが崩壊し、もしかするとこのまま完全に長期停滞につき進むのではないかと危惧していて、デフレ脱却のための論文をジョセフ・スティグリッツの弟子の藪下史郎さんと共同で書く準備を進めていたんですよ、ちゃんとしたモデルを作ってね。そのときに読んだ多くの論文の中に、ミンスキーの弟子で昨年翻訳された『MMT現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)の著者のランダル・レイが書いたものもあった。もちろんミンスキーの論文や著作、そして未公刊の講義ノートのコピーなんかも手に入れて読みました。だからランダル・レイのこともMMTのベースになるものも昔から知っていたし、当時はそれほど違和感なく読んでいたんです。ただ、藪下さんによるとミンスキーの論旨はすでにジェームス・トービンがもっと理論的にフォーマルな形で論じている、というんです。具体的には藪下さんと浜田宏一先生が翻訳した『マクロ経済学の再検討』(日本経済新聞出版社)やのちに藪下さんらが翻訳された『トービン金融論』(東洋経済新報社)に記されていますね。

 結局、我々が書いた「デフレ脱却のためにはマネーを増やすことと同時に、『期待』というものに影響を与えることが重要である」、というテーマの論文にミンスキー話題は、金融危機の展望を書いた部分で紹介した以外には参照しなかった。けれども我々が作ったモデルのベースにはミンスキーなどの主張と重なる部分があります。ただそれは別にミンスキーからの影響ではなく、単に言ってることが部分的に似ているということだけです。MMTの発言を表層だけみれば、リフレ的な発言と似てるように思えますが、それは理解が足りない典型的な反応だと思います。さらに問題はミンスキーの主張はトービンとは違いフォーマルではなかったということ。そのことがわかったので僕はミンスキーやランダル・レイの論著に別れを告げた、といういきさつがあります。「別れを告げた」というほどの影響もなく、単なる使えないものは捨てた、というテクニカルな話でしかありません。

 去年MMTが日本で取り上げられるようになったじゃないですか。はじめ、その動きには全く関心がなかったのですが、ネットでMMTを聞きかじった人たちが僕に対して批判してくるので、こちらとしても20年ぶりにランダル・レイの著作にあたって、MMT批判の論説を書いたんですね。

 森永 SNS上でMMTについての議論を見ていると、支持派でも反対派でも、そもそもの前提や主張を誤解しているな、と思うものは多々あります。

 田中 今回、森永さんが『MMTが日本を救う』という、MMTをきちんと理解するための本を上梓された、ということで僕も前回、MMTについて論説を書いてからほぼ1年ぶりに真剣にMMTを勉強し直したんですよ。

 森永 この本はもともと、新型コロナの影響が徐々に顕在化し、日本経済はこれからますます減速していく中それを乗り切るための手段として、今の低金利状態のなかでは金融政策でとれる選択肢は多くないので、もっと積極的な財政政策をとることが求められている。しかし、日本の場合は特に、財政支出を論じようとすると二言目には「国家破綻」、「デフォルト」、「ハイパーインフレ」というフレーズで反論する専門家が大勢いるし、主要メディアもその論旨で報じている現状ですよね。その結果、大多数の日本国民にもそのロジックが浸透してしまっている。そこに対して、今一部で積極的財政政策を主張している経済理論として、劇薬っぽく見えるけれどもMMTっていうものがあるよね、という話題を編集担当の方と話していたところから始まるんです。一方で、「MMT=たくさん金刷れ」という主張だと曲解している人も見受けられるし、そこの部分だけ汲み取って賛否が論じられているケースが多い。支持するにしても反対するにしてもきちんと理論の中身を理解してからでないとおかしいじゃないですか。だから、なるべく簡単に、かつ数式とか難しい用語を使わないでMMTのことを解説した本を書いたんです。

 そもそも、僕自身MMTに興味はあったものの、その説を100%支持しているわけではなかったので、本書の執筆にあたって、最近よく出版されている「MMTが正解である」といった趣旨の本にはしたくなかった。むしろ、なぜ今MMTに脚光が当たったのかといった、前段の話を説明したほうがいいんのではないか、という思いがありました。

 先日、政府が2018年の秋頃から景気後退していたことを認めましたが、その1年後に消費増税をしたため、経済が余計に落ち込んでいたんですね。そこに新型コロナの影響も加わって、今の日本経済はトリプルパンチをくらった状態です。今のMMTブームっていうのは先にアメリカからはじまって、日本では去年の消費増税議論のタイミングぐらいから火がつき、その後一気にバズワードのように語られ出しました。だけど理論自体は数十年前からあるものなので、なぜ今になって認知度が高まったか、その背景も解説したほうがフェアな内容になるので、日本経済の現状説明にもちゃんと紙幅を割いたんです。

 田中 森永さんは本書の第1、2章で現在の日本経済を論じていますが、この部分はお世辞ぬきに素晴らしい解説だな、と思いました。データを駆使して、景気後退に、消費税増税、そして新型コロナの影響が加わった三重苦の現在の日本経済の問題をわかりやすく説明している。論理と事実の裏付けがきちんとなされているんです。そして第6章でアフター・コロナを含めた森永さんの経済観、どういうふうに今後の日本や世界の経済と社会の動向を考えているのかがわかります。トマ・ピケティの話なども踏まえてね。さらに最近話題になったBLM(Black Lives Matter)に繋がるような話題やベーシックインカムの導入についての話も展開されているので、非常に好意的に読みました。そして今、言及していない第3~5章でMMTの解説をされているわけですが、ここの部分に対して言いたいことはあとに回します……。

 森永 (笑)


MMT 貨幣観の検証

森永 MMTについてよく挙げられる特徴として、変動相場制を採用していてなおかつ通貨主権を持つ国に関しては、自国通貨建てで支出する能力に制約はない、という部分が取り上げられますよね。そういったことを説明するための経済理論だと認識されて、この点をベースに賛否が議論されがちなのですが、実はそれ自体もおかしくて、MMTというのは貨幣の考え方の議論からスタートしているんです。ランダル・レイも本の中で結構なページ数を割いて、そもそも貨幣が何であるかということを説明している。アダム・スミスが賛同したことで経済学の教科書にも出てくるようになった、貨幣の裏付けとしての商品の価値が貨幣を貨幣として流通させる「商品貨幣論」を否定して、全ての人びとが信用する負債が貨幣として流通するという「信用貨幣論」を適用しているんですね。また、MMTの貨幣観をわかりやすく理解するためのツールとして、投資家のウォーレン・モズラーの名刺の逸話があり、本書にも収録しました。

〈「モズラーの名刺」解説〉
 モズラーが自分の子どもたちが家の手伝いをしないため、ある日「手伝いをしたらお父さんの名刺をあげるよ」と子どもたちに言った。そうすると、子どもたちは「そんなものはいらない」と答えて手伝いをしなかった。

 そこでモズラーは、今度は子どもたちに、「月末までに30枚の名刺を持ってこなければ家から追い出す」と伝えたところ、家から追い出されたくない子どもたちは必死に手伝いをして名刺を集め始めた、という話だ。
逸話に出てくるモズラー(お父さん)を国として考え、名刺を貨幣、子どもたちを国民として考えれば、月末に30枚の名刺を納めよという指示が加わることで、何も価値のない名刺(不換紙幣)を子どもたち(国民)が喜んで受け取る理由がわかる。

「国家が自らへの支払手段として、その貨幣を受け取ると約束する」という部分をこの逸話は非常にわかりやすく示している。[中略]つまり、その貨幣が納税の際の支払い手段として使えるかどうかがその、その貨幣が流通するかどうかを決める重要な要素になる。(本書144~146頁より)


 貨幣観に対するもともとの考え方が一般的な経済学で論じられる説と違う、というのが実際のMMTの根本的な特徴だと考えます。

 田中 つまりMMTの貨幣観というのは「租税が貨幣を動かす」ということを示しているんです。一方、この「モズラーの名刺」に似たたとえ話があって、ポール・クルーグマンが一般の人にわかりやすくリフレ政策の趣旨を説明した「子守協同組合」という論説があります。

〈「子守協同組合」解説〉
 子どものいる夫婦が何百人か集まって、「子守協同組合」をつくったのです。これは外出などの用事ができたときに、他の夫婦が子どもの面倒を見るという、子持ちの夫婦による互助組織です。

 各夫婦にはクーポンが配られ、子守りをしてもらうときには、子どもを預かってもらう夫婦が、子どもを預かってくれる夫婦に、そのクーポンを1枚渡すという仕組みです。各夫婦は、外出をしない間に他の子どもの子守りをしてクーポンを貯め、外出するときにそれを使う、という形です。

 ところがこの組合はすぐに行き詰まってしまいました。クーポンを貯めようと考えて外出を控える夫婦が、外出する夫婦をはるかに上回ってしまったのです。子どもを預ける人はごく少数になり、組合の活動は「停滞」しました。(田中秀臣著『デフレ不況』83~84頁)


 この「子守協同組合」の話は長期停滞とクーポン券の量をダイレクトに結びつけた話なんですね。停滞してしまった組合の活動を活性化するために組合はクーポン券をたくさん発行して打開を計るのですが、それでもまだ溜め込む人がいて、子守りを頼めない人が出てくるから、クーポン券の利子付き貸し出し制度を導入したんです。さらにみんなが貸し出し制度を利用しやすくするために、貸し出しの利回りを徐々に下げていく。ただし利回りが0になると溜め込む人向けの対策がそれ以上はできなくなってしまうので、その状況を打開するために持っているクーポンの価値はだんだんと下がってくるとアナウンスするんです。例えば今持っているクーポンは1年後に価値が何%減りますというふうに。そうするとクーポン券を早く使ったほうが得になるのでみんな慌てて使い出して組合内で子守りが円滑にまわるようになる、という話なんですよ。

「モズラーの名刺」のたとえでも、子どもたちに手伝ってもらわないと家事が回らくなるのでまずはモズラーの発行する名刺が前提ですし、「子守協同組合」も組合が発行するクーポン券がないと子守りが回らない。双方とも発行するものありきで、それがないと経済が回らないという状態なので、実はここまでは全く同じ話なんです。

 では、この2つのたとえ話はどこが違うのか。それは「子守協同組合」の方はお父さんのように罰則を与えない、ということ。「子守協同組合」におけるペナルティというのは、クーポン券を使わないことでみんなが困ってしまう、というという状況が発生することです。一方「モズラーの名刺」では子どもたちが手伝わないとお父さんが怒って家から追い出すという罰を与えようとしますよね。簡単に言うと怒る、怒らないという権力関係が「モズラーの名刺」の話に集約してくるんです。

「モズラーの名刺」のたとえ話の規模を、国のような強大な権力を持つ人の手段として使われる貨幣という話に置き換えると、実はインフレ・デフレの問題が希薄になっているということがわかります。名刺の数が10枚であろうが、30枚になろうが、実際にその枚数自体は関係ない。むしろ子どもたちが約束どおりにお手伝いをするか、しないかが重要であって、名刺というここでいう貨幣の名目価値の変動を問題にしていない。実際にモズラーの名刺のケースでは、回収する名刺の枚数自体は意味がないので、お父さんはそれを破いて捨ててるだけです。ところが「子守協同組合」の場合はクーポン券の量の多寡が組合内の子守りの仕事を回していく上で決定的に重要になってくる。というところが大きく違うんですね。

 つまりMMTの貨幣観は、実は昔からある「貨幣国定説」という説を採用していて、貨幣自体の価値を国が定めるという話です。この貨幣観の弱点というのは名目価値と実質価値が上手く分離できていないので、名目価値の変動を説明するためには使えない。いわば名目経済と実体経済の動きをうまくとらえていない。この指摘は、MMT側が言うところの「商品貨幣論」論者のクヌート・ヴィクセルやアーヴィング・フィッシャーらがとっくの昔に論破していました。

 森永 もともと「貨幣国定説」を提唱したのはゲオルク・フリードリヒ・クナップですよね。

 田中 その19世紀のドイツの経済学者が初めに「貨幣国定説」を提唱したのですが、メジャーにはなれなかったんですね。クナップの翻訳は大正時代に出てますが、日本のMMT支持者のほとんどは原書で読んだことはないでしょう。実は、大正時代にクナップの貨幣論やフィッシャーらの見解などを利用して、貨幣・物価論争が起きています。福田徳三、河上肇、左右田喜一郎らが主要プレイヤーです。ちなみにその論争に関連して、ドイツ語で専門論文を20年以上前に書いたことがあります。クナップの議論の限界はそのときの勉強で確認していました。その理由は前述の通り、名目価値の変動と実体経済との関係を説明できないから。でも「貨幣国定説」の立場で言えばそのことは本質的な議論ではないんですよ。例えば、とある権力者がリンゴを1個を買うための税を徴収しようとします。その際に、リンゴ1個の値段が1万円と表示されようが、1億円と表示されようが、権力者にしてみればその時にリンゴ1個を買うために必要な税が納められるだけで十分なんです。だから権力者にとってリンゴ1個に対する名目価値は問題にしていないということです。ところが「子守協同組合」のたとえ話をしたクルーグマンら主流派の経済学者からすると、名目価値の変動こそが現実の経済を検証する上で極めて重要な点だと考えています。

 だから「貨幣国定説」を下敷きにしているMMTにとっても名目価値の変動はクルーシャルではない。でも僕からするとMMTのその貨幣観は100年前に後塵を拝した問題をそのまま抱えているな、と思うわけです。<つづく>



★もりなが・こうへい=金融教育ベンチャーの株式会社マネネCEO、経済アナリスト。現在は複数のベンチャー企業のCOOやCFOも兼任している。日本証券アナリスト協会検定会員。著書に父・森永卓郎との共著『親子ゼニ問題』がある。1985年生。

★たなか・ひでとみ=上武大学ビジネス情報部教授、経済学者。専門は日本経済思想史・日本経済論。著書に『経済論戦の読み方』『デフレ不況』『増税亡者を名指しで糺す!』など。1961年生。