多忙を極めた現代社会を生き抜く

対談=先崎彰容×水無田気流

100分de名著『吉本隆明『共同幻想論』』(NHK出版)刊行を機に

 古今東西の名著を100分で読み解くNHK・Eテレの番組「100分de名著」。七月期は、先崎彰容氏(日本大学危機管理学部教授)を指南役に、戦後最大の思想家・吉本隆明の著書『共同幻想論』に迫った。
 信じるとはなにか。国家の起源とは。国家とはなにか。『共同幻想論』は、これらの問いを、本質的な部分から論じた一冊である。難解な書籍と名高い本書をなぜ今、読むべきなのか。その意義を、「100分de名著」テキスト『吉本隆明『共同幻想論』 戦後、最も難解な本に挑む』(NHK出版)の著者・先崎氏と、詩人、社会学者であり、晩年の吉本隆明と交流があった水無田気流氏(國學院大學経済学部教授)に、お話いただいた。(編集部)



関係性の再構築/言葉のポップ性

 先崎 僕がこのテキストを執筆したきっかけは、現代、特に若い世代に、『共同幻想論』を読む意義を伝えたかったからです。吉本隆明は、存命当時から大変人気があり、「戦後最大の思想家」とも呼ばれていました。しかし今彼の作品群を読んでみると、「社会主義リアリズム」や「スターリニズム」といった用語が頻出し、非常に読みにくい。当時の時代背景を知らないと理解が難しい。さらに、『古事記』や『遠野物語』を駆使して抽象的に国家や共同体、法のありようを分析した『共同幻想論』は、「戦後最も難解な本」と言って差し支えないでしょう。
 それほど難しい書物を、今読むべき意義は何か。そのヒントは九年前に起きた東日本大震災とそれ以降、各地で頻発する自然災害、さらに今回のコロナウイルスの流行にあります。これらによって、僕たちが従来前提してきた人間関係や価値観、生活スタイルの基本に疑問符が突き付けられた。「前提なき時代」、価値観の壊れた地点から、個人と社会との関係性を再構築するためには、どうすればいいのか。混乱した社会で、自分をどのように位置づけるのか。関係性を再構築するために、「新しい生活様式」といった、ふわっとした言葉で片づけるのではなく、もう一歩原理的な思索が求められていると思う。
『共同幻想論』は、こうした問題を考える手助けとなります。「共同幻想」とは、吉本独自の概念で、国家をより普遍的に説明できる原理です。法や宗教、国家成立以前の土俗的信仰を射程に入れた幅広い概念でもある。他者や共同体とのあいだで形作る価値観全般と言った方が、分かりやすいかもしれない。
 転換期のはずなのに、目の前の出来事に忙殺されがちな今、もう一度、原理論や本質的な部分から社会そのものを考え直す。多忙で殺伐とした現代社会を生き抜く精神的な構えが、『共同幻想論』には詰まっていると思います。<つづく>


本編のつづきは以下で読めます

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★よしもと・たかあき(一九二四~二〇一二年)=詩人・批評家・思想家。著書に『丸山眞男論』『吉本隆明全詩集』『共同幻想論』『ハイ・イメージ論』『日本人は思想したか』『「反原発」異論』『親鸞』『夏目漱石を読む』『超「戦争論」』『日本語のゆくえ』など。

★せんざき・あきなか=日本大学危機管理学部教授・近代日本思想史・日本倫理思想史。著書に『ナショナリズムの復権』『違和感の正体』『バッシング論』『維新と敗戦』など。一九七五年生。

★みなした・きりう=詩人・社会学者・國學院大學経済学部教授・文化社会学・ジェンダー論。著書に『音速平和 sonic peace』『Z境』『シングルマザーの貧困』『「居場所」のない男、「時間」がない女』など。一九七〇年生。