目次

    PART1

    PART2

『日本キリスト教歴史人名事典』(教文館)刊行記念対談

対談=鈴木範久×佐藤優

PART1

 キリスト教伝来から約五〇〇年、日本の歴史・文化に多大な影響を与えてきたキリスト教徒やキリスト教に影響を受けた人物、約五一五〇名を収録。日本キリスト教史研究の里程標となる大事典、鈴木範久監修、日本キリスト教歴史大事典編集委員会編『日本キリスト教歴史人名事典』が今夏、教文館より刊行された。本書は『日本キリスト教歴史大事典』(一九八八年刊行)を底本に、最新の研究成果・新事実をふまえて補訂、約六七〇名を増補したもの。伝来から現代にいたるまで、カトリック、正教、聖公会、プロテスタントなど、全教派にわたる関連人物を有名・無名を問わず取り上げ、さまざまな業績に光を当てる。本書の刊行を機に、監修者の鈴木範久氏と作家の佐藤優氏に、本書刊行の意義についてお話しいただいた。(編集部)

『日本基督教歴史人名事典』
鈴木範久監修、日本キリスト教歴史大事典編集委員会編
九八四頁・図版五五〇点・上製函入・四五〇〇〇円

*期間特価四二〇〇〇円



日本におけるキリスト教受容の歴史

 佐藤 このたびは『日本キリスト教歴史人名事典』という、素晴らしい事典を刊行されておめでとうございます。鈴木先生とは初めてお目にかかりますが、先生の翻訳された内村鑑三の『代表的日本人』(岩波文庫、一九九五年)には、同志社大学神学部の学生たちも大変お世話になっていますので感謝しております。わかりやすくて正確な翻訳でとても良い本です。

 鈴木 ありがとうございます。岩波文庫の『代表的日本人』は未来の高校生に向けて翻訳したものなんです。
 今回の『日本キリスト教歴史人名事典』の監修は、一九八八年に『日本キリスト教歴史大事典』を刊行したときの中心メンバーが今はほとんど世を去られてしまって、当時比較的若かった私が残っているからそういう役にあたることになったものです。

 佐藤 非常に重要なお仕事だと思います。今回の事典の項目選定協力者である五十嵐喜和先生は、私が非常にお世話になった方です。

 鈴木 日本キリスト教会系の方ですね。

 佐藤 そうです。私は大学が京都の同志社だったのですが、帰省するたびに五十嵐先生がいらした大宮東伝道教会に行ってお話を聞いていました。非常に懐かしい方です。

 鈴木 同志社大学は土肥昭夫さん、竹中正夫さん、人文研では杉井六郎さんなどが私の世代でした。

 佐藤 同志社にはいろいろな系譜があって、土肥さんや竹中さんなんかはどちらかというと有賀鉄太郎さんの流れなんですね。それに対して、鈴木先生がご著書『日本キリスト教史 年表で読む』(教文館、二〇一七年)の中で言及しておられる魚木忠一さんの場合、「日本的キリスト教」というより「日本基督教」なのですが、藤代泰三先生や緒方純雄先生もそうなのですが土着化論の系譜の人たちがいまして、私はその系譜なんです。その人たちはエキュメニカルなコミットメントをせずに、同志社独自の生態系を作ってきた人たちです。今年で七年目になりますが、今も私は同志社に通って組織神学を教えています。今の神学部の学生たちは非常に出来の良い人が多いのですが、教会に献身していくという感じにはあまりならないですね。今の日産の社長も同志社大学の神学部出身ですし、最近は証券会社とか官僚も多くなってきました。私はそれでもいいと思うのです。キリスト教神学の勉強はカチッとやっていきますし、その知識を教会以外の場で社会に生かしていくというのは、それはそれで意味があると思います。
 これだけ世俗化が世界的規模で進んでいる中においてイエス・キリストの福音をどういう形で生かすかということになると、どの国の教会でも悩んでいるわけです。私の専門は社会主義政権下のチェコスロバキアだったのですが、チェコスロバキア、東ドイツでも基本的に牧師は公務員で、その意味においてはコンスタンティヌス的な体制のもとでの教会でした。財政的に国家に依存していましたから。ところが日本の場合はそうではないというところが、これはいまだに日本の教会の非常に強いアドバンテージだと思うんです。

 鈴木 外国と比べるとそうかもしれません。

 佐藤 もっとも、ロシア正教会、ロシアのプロテスタント教会も国家から一銭もお金をもらっていません。これは旧ソビエト時代から徹底していてその精神は今も生きています。ですから、正教世界におけるキリスト教の強さというのは、これは本物です。先生の『日本キリスト教史』で正教会について多く言及されていたことも非常に興味深かったです。今回の『日本キリスト教歴史人名事典』でもプロテスタント、カトリックだけではなく、正教関係の人名もかなり出てきますが、そのあたりも非常に重要です。

 鈴木 新島襄もそうですが、正教は函館辺りで布教していた頃は聖職者がほとんどいない仙台藩とか、旧藩士にどんどん布教したのです。地方の教会の歴史を見ていくと、最初は正教会の教会から始まって、そこからやがて日本キリスト教会とか組合に変わっていく。そういうケースが非常に多いですね。

 佐藤 日本人初の正教会司祭となった沢辺琢磨もそうです。ただ、やはり日露戦争以降です。ロシア革命で完全に本国との関係が切れてしまいますから。正教会は戦後の冷戦体制下に巻き込まれてしまった。

 鈴木 白系とロシア系と、そうでした。

 佐藤 それと土着化ということを考えた場合に、聖書翻訳の歴史というのも非常に重要なんです。ニコライが聖書を翻訳するときに、「プネウマ」の翻訳がどうしてもできなくて、「神」という字の右上に丸をつけるといった、そういう努力をしています。ですから、私も神学部の学生たちと学ぶときは正教会の新約聖書も使っています。

 鈴木 聖書翻訳については、漢学者の中井木菟麻呂(なかいつぐまろ)という人が独自に研究していますが、正教会の聖書翻訳の歴史というのは見直す必要がありますね。

 佐藤 あの頃はロシアからの組織神学書とか、瑪加理乙(マカリオス)『基督正教定理神学』、スミルノフ『須氏教会史』とか結構良い本が翻訳されていて、この辺は同志社の図書館にはよく揃っているんです。


その人の、人となりが浮かび上がる叙述

 佐藤 今回の本を編纂される中で何が一番大変だったでしょうか?

 鈴木 すべて大変は大変でしたが、一つは執筆内容ですね。昔から人物の記述でよくあるように誰々さんは勲何等を貰ったとか、そういう褒章や叙勲の記述などは今回一切抜きにして欲しいと。私の方で求めたのは、いわばちょっとしたエピソードみたいなことで、その記述の中でその人の人となりが表れてくるような、そういうことを是非書いて欲しいと要望しました。例えば、私の割合親しくした方で、今岡信一良さんという正則学院の校長だった方は、当時の東京都内の男性最高齢であった一〇六歳まで生きられて話題になった人ですが、当時の講演で聖書の「ペテロの手紙」から引かれて、《キリストは「一日は千年、千年は一日のごとし」と言われている。だから単に時間的に長生きしただけでは意味がない》ということを喝破なさいました。そういったその人の生き方がわかるような叙述を期待していたのです。

 佐藤 特に叙勲について取り上げないというのは重要で、書かないということも重要なんです。叙勲というのは天皇による評価ですから。天皇や国家による評価でキリスト教徒、信仰を評価するということがそこに透けて見えてしまうのでそれは良くないですね。

 鈴木 私の身内で小学校の校長を長いことをやって定年になった人がいるのですが、退職時にみな叙勲があるんです。それで、その人から「どうしたものか」と相談を受けたのですが、こういう教育の現場においても叙勲が一つの頂点になっているのかなと、そういうことを感じました。

 佐藤 逆に新聞社の社長や出版社の社長は、なかなか叙勲の対象にならないんです。なぜだと思いますか? 実は叙勲の内規に、訴訟を抱えていないことという一項があるんです。名誉毀損などの民事訴訟でも訴訟を抱えていると叙勲対象から外される。ですから、誰かに叙勲させたくないという場合、名誉毀損の訴訟をかけるということもできるわけです。

 鈴木 お互いにそうしましょうか(笑)。