表現の不自由がもたらす近未来

対談=桐野夏生×星野智幸

『日没』(岩波書店)刊行を機に

 「社会に適応した小説」を書け――。
 作家の桐野夏生氏が『日没』(岩波書店)を上梓した。小説家・マッツ夢井のもとに、政府組織を名乗る「文化文芸倫理向上委員会」から届いた一通の「召喚状」。読者からの告発を受けたマッツは、断崖にある作家療養所に収容されることになる。そこで彼女が直面したのは、「更生」という名の言論弾圧だった。これは悪夢か現実か。
 刊行を機に対談をお願いしたのは、作家の星野智幸氏。出版を取り巻く現在の状況やポリコレ、表現の自由、ネット中傷、国家による圧力に、文学はどう向き合うべきなのか。諸問題をめぐり、お話いただいた。(編集部)
《週刊読書人2020年10月2日号掲載》



現実と虚構/無関心が可能にする弾圧の体制

 桐野 作家は元々リモートワークが日常のようなものですが、コロナウイルスの影響を何か感じていますか。私は、人と会わなくなりました。贈賞式や対面取材もほぼなくなってしまったので、最近は街にもあまり出ていません。以前は週末になると、映画館へ足を運んでいたのですが行かなくなってしまった。さらに、原稿のやり取りだけでなく、打ち合わせもメールだけで済ませることもある。「〇月号の原稿締め切りです」、といった連絡がフォルダーに並んでいると、原稿製造機にでもなった気分です。

 星野 大きな仕事の打ち合わせまでメールで済ませるのは、モヤモヤしますよね。仕方がないとは分かっていますが、どこか意思疎通の肝心な部分が抜けてしまう気がする。
 実は、今年の三月まで初の新聞小説を書いていました(「だまされ屋さん」読売新聞)。体調を崩して原稿を落としてはいけないというプレッシャーから、その期間は自粛生活に近い日々を過ごしていたんです。ようやく連載が終わったところで、コロナが流行り始め、自粛の延長をすることになってしまいました。なので、この生活はすでに二年ぐらい続いています。
 一番きついのはやはり、人と会う機会がほとんどないことですね。友人とさえ会えない。いろいろな人と雑談ができなくなったのは、寂しいしつまらないです。どうでもいい雑談や喫茶店で聞こえる会話、街の人の行動とかは貴重な情報源でした。意識して探す素材と、勝手に入ってくる情報とは全然違う。インプットが痩せ細った状況で、これからどのように執筆を続けていくか、少し不安はあります。

 桐野 情報を仕入れるのに、雑談はとても重要だったと痛感しましたね。オンラインでの対談やインタビューは、しっかり準備して話しますから、雑談までいかない。無意識に行なっていた仕込みができなくなりました。自粛が話題になったとき、私はすぐに星野さんの『呪文』(河出書房新社)を思い出したんですよ。あの中に描かれる商店街の治安維持部隊と、自粛警察はそっくりです。現実の先取りなんてレベルではありません。

 星野 新作『日没』を書いた桐野さんが何をおっしゃいますか。現実と虚構の区別がつかなくなる、究極の〈ホラー小説〉でした。言論がどのような形で弾圧されていくのか。自分がどういう目に会う可能性があるのか。今の現実としか思えなくて、読んでいる最中からうなされる小説は初めてでした。<つづく>

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★きりの・なつお=作家。著書に『OUT』、『柔らかな頬』、『グロテスク』、『ナニカアル』、『バラカ』、『とめどなく囁く』など。一九五一年生。

★ほしの・ともゆき=作家。『目覚めよと人魚は歌う』(三島由紀夫賞)『ファンタジスタ』(野間文芸新人賞)『俺俺』(大江健三郎賞)『夜は終わらない』(読売文学賞)『焰』(谷崎潤一郎賞)『呪文』『星野智幸コレクション』シリーズなど。一九六五年生。