乱歩世界のパノラマワールド
もう一度手に取るきっかけに

インタビュー=奈落一騎

江戸川乱歩語辞典
著 者:奈落一騎著/荒俣宏監修
出版社:誠文堂新光社
ISBN13:978-4-416-52042-0



「イラストと豆知識で読み解く辞典」(誠文堂新光社)シリーズより、作家・江戸川乱歩にまつわる言葉を集めた、奈落一騎著/荒俣宏監修『江戸川乱歩語辞典 乱歩にまつわる言葉をイラストと豆知識で妖しく読み解く』が刊行された。幼い頃に読んだ乱歩作品が、人生に大きな影響を与えたという奈落さんは、「乱歩から卒業してしまった人たちが、もう一度作品を読みたくなるきっかけになれば」と語る。

「小学生の頃、『少年探偵団』シリーズで初めて乱歩作品を読んだ人や、舞台・映像作品の影響で『黒蜥蜴』だけは読んだことがある。そういう人は一定数いますが、その後も乱歩作品を読み続けている人は意外と少ないんです。少年向け作品の印象が強いのか、卒業するものというイメージがあるのかもしれません。

 けれど、乱歩作品の古びなさは、〈異常〉です。小学生でもルビが振られていれば読めるし、一度は作品から離れてしまった大人が読み返せば、新しい発見ができる。そのきっかけ作りとして、作品の登場人物や小道具、名台詞をモザイクのように散りばめました。物語の舞台となった場所の地図やコラムなどを挿入しつつ、乱歩の世界をパノラマワールドのように再現したのがこの本です」。

 扱う項目に関しては、「大人向け小説3割、子供向け小説2割、乱歩自身について3割、映像その他2割」ぐらいの配分を意識したという。さらに、〈読みもの〉としての辞典ならではの楽しみ方として、奈落さんは「派生」を重視する。

「例えば、乱歩は近代における寄る辺ない個人の自我の問題を書いた作家です。日本近代文学では、異端として捉えられることが多いのですが、同じ問題を描いた夏目漱石の延長線にいると思います。だから、乱歩とは直接関係がなくても「白樺派」などの項目を入れました。ライバルで友人関係にあった小栗虫太郎、夢野久作らの項目を入れたのも、同じ理由です。『ドグラ・マグラ』って何だろうと、興味を持つ入り口になれば嬉しいですね」。

「この本の特徴としては、乱歩の作品についてと同じくらい乱歩本人に関する項目があるところです。乱歩は驚くほど律儀な常識人でありながら、反社会的でロマンチストな面も持ち合わせている。人物そのものが、作品に負けず劣らず面白いんです。乱歩という人を知れば、彼の小説がより面白くなると思います」。

 乱歩の作品に登場するのは、〈正しい人〉ばかりではない。犯罪に手を染める悪人や、特殊な性癖を持つ一般的な社会から疎外された人たちに焦点が向けられている。

「僕が一番好きな作品は、『芋虫』という短編小説です。戦争で四肢を失った夫を介護する妻は、あることが原因で夫の両目を潰してしまう。道具立てだけみると残酷でグロテスク、エロティックですが、実は純粋な愛を描いた文学作品なんですね。彼らが交わした「ユルシテ」「ユルス」は日本一短い愛の手紙です。

 ですが、こういった作品は昨今のポリティカル・コレクトネスの基準で考えると、完全にアウトです。ただ、文学や映画、芝居などの表現は、ポリコレからは自由であるべきだと僕は考えている。人間や、僕たちの生きる世界の幅がどれだけ広く、深いものなのか。そこを突きつめて考え、提示していくのが、文学だけに限らず、表現の重要な役割だと思います。

 乱歩が描いたのは、自分の偏執を譲ることなく、まっすぐ生きて破滅する「変な人たち」です。彼らは、人間は綺麗な側面ばかりではないと教えてくれる。その物語に救われる人は、少なからずいるはずです。〈まっとうな人間〉しか描けなくなってしまったのでは、社会が今よりもっと、不寛容で息苦しい世の中になってしまう。そうならないためにも、一人でも多くの人が乱歩作品を手に取るきっかけになればいいと思っています」。

★ならく・いっき=アプレ文筆業、非実用系事典編纂者。著書に『競馬語辞典』『門外漢の仏教』など。