目次

    Part1

    Part2

超高齢社会の新時代、男も女も老いを生きる

対談=樋口恵子×田原総一朗
『老~い、どん!』(婦人之友社)刊行を機に

Part1

 日本女性の社会的地位向上に貢献してきた評論家・樋口恵子氏が昨年、自身のヨタへロの現実をユーモラスに綴ったエッセイ『老~い、どん! あなたにも「ヨタヘロ期」がやってくる』(婦人之友社)を刊行した。発行七万部超えと話題を呼んでいる本書の魅力について、八八歳の著者と同世代のジャーナリスト・田原総一朗氏に対談いただいた。(編集部)
《週刊読書人2020年10月16日号掲載》


『老~い、どん! あなたにも「ヨタヘロ期」がやってくる』
著者:樋口恵子
出版社:婦人之友社
ISBN13:978-4-8292-0914-1



人生一〇〇年時代の生き方

 田原 まず、このタイトル『老~い、どん!』に驚いた! すごいタイトルですね。

 樋口 これは私がつけたと思われるのですが違うんです。本書は、『明日の友』で連載していた「人生百年学のすすめ」を一冊にまとめたものでして、タイトルは女性編集者の知恵の結晶です。

 田原 要するに堂々と「老いるぞ」という宣言ですね。

 樋口 田原さんも同世代ですけど、人生一〇〇年を自覚して生きるということです。すでに一〇〇歳になられた方はたくさんいらっしゃいますが、我々は、「人生一〇〇年」を一つの目標に計画的に生きていこうと考えることができる最初の世代ですよね。その意味でヨタヘロというのは単に脚がヨタヘロしているというのではなくて、精神的な意味も込めています。一〇〇歳まで生きるということは、八〇~九〇歳の大変さ、凄まじさに心もヨタへロしながら、それでもなんとか人生一〇〇年と仮にも言えるのは平和と豊かさのおかげであり、戦争で亡くなられた方々の犠牲の上に命の喜びを与えられた我々がちゃんと老いなきゃ申し訳ないじゃないか、という思いを込めています。一方で、この人生一〇〇年時代は日本が始まって以来、戦後平和が七五年も続いて地球全体の幸せな国々の中でもトップバッターの生き方であります。また一方で、そんな楽なものじゃなくて戦いの日々でもありまして、といった思いをかき集めて本にしたときに、「タイトルは『老~い、どん!』です」と、編集部より出てきたのです。

 田原 逆に言えば、一〇〇歳まで生きなきゃいけないという戸惑いもたくさんある。例えば村上陽一郎氏の『死ねない時代の哲学』(文春新書、二〇二〇年)という本では、死ねないからこそ大変だと。特に男性の場合は、人生設計として最初の二〇年で勉強、その後四〇年間働く、その先一五年間は年金暮し。すると残り、一〇〇歳までの人生設計を作り直さなきゃならない。女性の場合は、樋口さんの頃は男女差別のせいで総合職に就けなかったわけだが、逆に言えばそれは定年がない生き方ができたということ。女性は、曽野綾子や佐藤愛子、瀬戸内寂聴、みんな力強く生きている。男は趣味のゴルフも麻雀も酒を飲むのも全部サラリーマンとして会社の付き合いでしていたことで、定年になると全く孤独になる。どう生きればいいかわからなくなる。ここで男たちは下手すると鬱になる、こういう時代ですね。

 樋口 田原さんの同世代の男の方たちは何をしていらっしゃいますか?

 田原 可哀そうなことにまず、世の中に対する興味を失う。で、友達がいなくなる。全部会社絡みの友達だから。認知症になったり、早く施設に入ったり。
 でも、今の大学生が就活のときにどういう会社に入りたいかというと、一・倒産しない会社 二・給料のいい会社 三・なるべく残業のない会社だと言う。何がやりたいかは無いんですよ。そして、会社に入り数年経つと主任、係長と偉くなることが人生の目的になる。そんなものは定年になったら全部終わりです。だから一〇〇歳時代は人生設計を書き直して「生きるとは何か」を考える時代です。そういう意味で、『老~い、どん!』はものすごく参考になります。


人生二度目の義務教育

 田原 今の問題は、一に教育。特に大学での教育がよくないと思います。ほとんどが就職のための教育で、生きるとは何か、何をすべきかを教えない。

 樋口 一に教育と言ってくださったのはとてもうれしいです。私もこのところ言っていることがありまして、それは「人生二度目の義務教育」。義務というのは、何も嫌がる年寄りを捕まえて勉強しろという義務ではないです。寿命がかつての二倍にも延びた人生の中で、大卒の就職を目標に教育していくなどおかしいことです。三〇年先も倒産しない会社なんて誰が保証できるでしょうか?

 田原 今の日本の大企業は一〇年先には定年制をやめますよ。

 樋口 五〇歳になってもまだ人生半分なわけですよね。世の中の変化は激しいわけです。例えば法律一つとっても、暴力が原因で奥さんに離婚されかかっている人がいたんですが、自分たちが育ったころは言うこと聞かない女房は横っ面引っぱたくのなんて常識だった、なんで引っぱたいて悪いんだと言っていて。我が国の法律的には二〇〇四年にDV禁止法ができてからです。すると、その人の言い分として、俺に相談もなくなんでこんな法律ができたんだと。
 けしからん暴力親父ですけど可哀そうだなと思うのは、介護保険法も含めて我々がこれから関係する法律のほとんどはこちらが年を取ってから出来ているんですよね。特に男の方は、半分は一家を養うために、半分は会社の要請に応えて働いている間に人生後半期に必要な法律は国会や自治体議会で量産されてしまった。これからあと三〇年ありますよと言われたときに法治国家に生きる、社会保障を使う権利がある国民としてどう使ったらいいか、とかね。人生二度目の義務教育をすべきです。
 ヨタへロ期が人生後半の大きな部分を占めていること、この時期にその人らしく人間らしく生きるための条件などを可視化する必要があります。

 田原 話は変わりますが今、定年離婚が増えています。

 樋口 これから増えるのがコロナ離婚ですよ。今の状況は、定年を少し前倒ししていることになっちゃったわけですね。これからの夫婦も変わるだろうなと思っています。
 私は読売新聞の人生案内の回答者を一〇年程しているのですけれど、今年になって本当に変わったなと思った相談内容がありました。九〇歳の父は心臓が悪くて、手術すれば余命三~四年は生き延びられる、というので息子たちも手術を勧めて、ご本人も希望していた。ところが肝心の老妻に、「これ以上長生きされちゃ困るから手術に私は反対だ」と言われて仕方なく夫も同意した。こういう妻が出てきたなんてすごいことだと思いませんか。

 田原 でも最近は、入院して食欲がなくなって、胃ろうをやるかどうかという時に、以前に較べてやらない人が多いそうです。

 樋口 もし自分がそうなったら、胃ろうしないように娘に言っております。ハンドバックにはミニ指示書を常時入れています。人生の終わりに近い、だけど人生を見通せる情報を持った最初の世代として自分の死に対してどういう決着をつけるかということを言い残しておく必要があると私は思うのですが、男の方はどうですか? 男の方は意外とそういうことを言わない感じですね。

 田原 男はね、死ぬ前に老後の生き方がわからないんですよ。場合によっては鬱になって、自殺するなんてこともある。二〇一八年一月に亡くなった西部邁と僕は仲良かった。

 樋口 西部さんね、私はテレビで二度くらいしかお会いしていないですが、感じがよい方でした。論戦になっても、きちんと受け止めてくださって爽やかな男性でしたよ。
 田原さんは奥様なりお嬢様なりに自分の死生観について何かおっしゃっていますか?

 田原 いや。僕が娘に言っているのは、もし僕がぶっ倒れたら絶対に救急車を呼ぶなってこと(笑)。