「次の人」のために。28編の希望

対談=小山内園子×すんみ

チョ・ナムジュ著『彼女の名前は』(筑摩書房)刊行を機に


 韓国で一三〇万部を突破し社会現象になった『82年生まれ、キム・ジヨン』が日本でもベストセラーになって約二年。チョ・ナムジュ氏の次作短編集『彼女の名前は』(筑摩書房)が邦訳刊行された。また映画『82年生まれ、キム・ジヨン』が十月九日より日本全国で公開されている。刊行を機に、訳者の小山内園子氏、すんみ氏のお二人に、お話を伺った。(編集部)
《週刊読書人2020年10月16日号掲載》


『彼女の名前は』
著者:チョ・ナムジュ
出版社:筑摩書房
ISBN13:978-4-480-83215-3



「呼名」―彼女の、あなたの名前を呼ぶ

 すんみ 韓国では二〇一五年頃から若い世代を中心としたフェミニズムの盛り上がりがあり、二〇一六年の江南駅女性殺人事件をきっかけに「フェミニズムリブート」といわれるほどの大きなムーブメントが起きました。女性たちが、これまで歴史や社会から、自分たちの存在が消されていたということに気づいたのです。例えば民主化運動や戦争などの大きな出来事について頭に浮かべるのは、男性たちが声を上げ、闘っている姿だと思います。実際には、そうした歴史の中には女性たちも生きていたけれど、その存在は消されてきた。そのことを自覚した女性たちの中に、自分たちの物語を読みたいし、語っていきたいという希望が芽生え出します。

 韓国で『82年生まれ、キム・ジヨン』が刊行されたのが二〇一六年で、『彼女の名前は』の元となる「彼女の名前を呼ぶ」というコラム記事は、二〇一七年に京郷新聞に連載されました。その前後に女性の歴史や物語を語り直す動きや、女性にスポットライトを当てた偉人伝も刊行されます。忘れ去られていた女性の物語を拾い上げて描くことを、『呼名』と呼ぶのですが、これはそういう流れの上で刊行された本です。『呼名』は、忘れ去られてきた女性の、独立した個としての「名前」というものを、象徴する言葉でもあるのです。

 小山内 チョ・ナムジュさんは、例えば「キム・ジヨン」という固有名詞だけでなく、ひとりの人間が誰に、どんな名前で呼ばれているのか、あるいは自分をどんな名前だと認識しているのか。そういう視点から女性たちの生きざまを切り取っている気がします。

 本書に収められた二十八編の主人公たちの中には、自身に与えられた役割に疑問を抱く人もいれば自分の名前をどう認識すればいいか戸惑う人もいる。あるいは、自分の名前に覚悟をもって歩き出す人も。彼女たちの姿を通して、読んでいる私たちも知らず知らずのうちに自分に与えられた役割、名前を問い直すことになります。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます

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★チョ・ナムジュ=ソウル生れ、梨花女子大学社会学科卒業。『82年生まれ、キム・ジヨン』は第四一回今日の作家賞受賞。『サハマンション』は斎藤真理子訳で二〇二一年筑摩書房から刊行予定。一九七八年生。

★おさない・そのこ=翻訳者。訳書に、『四隣人の食卓』(ク・ビョンモ著)『女の答えはピッチにある』(キム・ホンビ著)、共訳書に『私たちにはことばが必要だ』(イ・ミンギョン著、すんみと共訳)など。

★すんみ=翻訳者。訳書に『あまりにも真昼な恋愛』(キム・グミ著)『屋上で会いましょう』(チョン・セラン著)など。