異論・反論 イスラームを巡る10の書簡

インタビュー=飯山陽/中田考
『イスラームの論理と倫理』(晶文社)刊行を機に

飯山陽インタビュー

 イスラーム法学者の中田考氏とイスラム思想研究者の飯山陽氏による共著『イスラームの論理と倫理』(晶文社)が刊行された。イスラーム研究を専門としつつも、異なる立場、異なる価値観から日頃言論活動を行っている両者の議論の対立は、SNSなどのフォロワーなら周知のことだろう。そんな二人が晶文社スクラップブック上で昨年10月から今年の6月まで掲載された往復書簡形式のWEB連載を一冊にまとめた本書は、おそらく近年刊行された人文書のなかでも異質な激論飛び交う内容となっている。
 本書刊行を機に、飯山氏にはメール、中田氏にはZOOMでそれぞれインタビューを行い、本書を巡るさまざまなお話をうかがった。合わせて、本書の編集を担当した晶文社の安藤聡氏にも企画の経緯や読みどころについてのコメントも合わせて掲載する。(編集部)
※本記事は2021年1月31日(日)迄全編無料公開し、それ以降は一部を除き有料での公開となります。

『イスラームの論理と倫理』
著者:中田考・飯山陽
出版社:晶文社
ISBN13:978-4-7949-7195-1



イスラムという切り口から世界を語る新奇さ、面白さ

 ――本書のまえがきで飯山さんは「20年以上前に初めて出会った時から今に至るまで、中田先生は私にとって、全く分かり合うことのできない異質な他者です」と述べているほどの人物ですが、今回の往復書簡を引き受けた動機を教えて下さい。また、依頼がきたときに引き受けるか否か逡巡はありましたか?

 飯山 逡巡はありました。なぜなら私は中田さんとは面識がありますが、不快な経験しかしたことがなかったからです。

 中田さんというのは、イスラム的価値観を当為として生きる人です。イスラム的価値観に基づくと、私は異教徒(非イスラム教徒)で女という二重の意味での劣等者ですから、私を差別するのは彼にとっては当たり前なのです。ただしそれは私にとっての当為ではありませんから、わざわざ往復書簡という体裁をとって、公然と中田さんに見下され、差別されるのはごめんだと思いました。

 編集の方にその旨お伝えしたところ、中田さんにそうした意図はないとうかがったので、お引き受けすることにしました。

 というのも私は、中田さんをはじめとする日本のイスラム研究者の言説について、非常に偏っていて現実と乖離しているという認識をもっていたためです。この企画を通し、私の問題意識を読者の方々と共有できればいいなと思ったのが、お引き受けした理由のひとつです。

 ――昨年10月~今年6月までのWEB連載を経て本書は刊行されましたが、今回のお仕事を通して、あるいは本書の出来についてどのような感想を抱いていますか? また連載形式でお互いの時論を重ねたことによって知見として得たものはありましたか?

 飯山 テーマが多岐に及んでいるので、イスラムという切り口から世界を語る新奇さ、面白さのようなものをお伝えできる本になったのではないかと思います。

 私個人としては知見を得たというよりは、日本を否定してこき下ろしイスラム教を賛美する、トルコ、イランを理想視する、タリバンと「イスラム国」を擁護する、唐突に関係ない話を始める、論点をずらす、規定の文字数を守らない、といった中田さんの特徴を再認識する機会になりました。

 また私を一貫して「飯山さん」と呼ぶ一方、「松山洋平博士」「山本直輝博士」など自分のお気に入りの人には「博士」をつけて呼んでいるところに、相変わらずの異教徒差別、女性差別に加え、中田さんの権威主義も確認しました。ちなみに私も博士の学位は持っています。

 私のことは「反動」「悪貨」などと描写しているので、ご自身が主流であり正義であり良貨であるという強い確信も持っているようです。

 ――本書は一つのテーマに対してお互いの時論を述べる形で進められていますが、「最終書簡」に関しては自由テーマで全く異なった主張が展開されます。中田さんの「最終書簡」を読んでどんな感想をお持ちになりましたか?

 飯山 最終書簡だけではないですが、中田さんは何かというと「イスラームは形だけしか残っていない」「イスラームは実践されていない」「イスラームは誰にもわからない」云々と述べるので、それではそれについて冗長な文を書き、それによってカネを稼ぎ、その「第一人者」であるとされているあなたは一体何なのですか、まさか世界であなただけがイスラームを知っていて、あなただけがイスラームを実践しているとでも言うつもりですか、と尋ねたい気持ちになりました。


一般の日本人に近い立ち位置からイスラム教を論じる

 ――中田さんとご自身の比較でムスリム/非ムスリムの違いを強調していましたが、この差異をご説明いただけますか? また非ムスリムの研究者としての強みはどのようなところにあるとお考えですか?

 飯山 イスラム教徒は非常に高い確率でイスラム教を擁護します。中田さんもイスラム擁護論者です。イスラム教は高尚なもの、素晴らしいものであり、日本の歴史や伝統には全く存在しないあらゆる優れた要素がイスラム教に内在していると他者に向けてアピールするスタイルです。当然、その目的にあわない要素、不都合な要素は隠蔽します。

 私はイスラム教徒ではないので、イスラム教を擁護する必要も必然性もありませんし、不都合な事実を隠蔽する必要もありません。より一般の日本人に近い立ち位置からイスラム教を論じることができるのが、私の強みだと思います。

 ――飯山さんは前著『イスラム2.0』で旧来型のイスラム信仰と現代のイスラム信仰のあり方を論じています。では、中田さんの場合、旧来型の「イスラム1.0」に該当すると人物だと考えていいのでしょうか? 飯山さんは本書中で中田さんを「活動家」と評されるなど、前著で述べていた「イスラム1.0」型の人物像と異なる印象を受けたのでお尋ねしました。

 飯山 イスラム1.0および2.0というのは私が作った分析概念です。イスラム1.0とはイスラム教の教義についての知識が一部の知識人たちに独占されていた時代の信仰のあり方、イスラム2.0とはインターネットの普及によりそれらの知識に一般信徒が直接アクセスすることができるようになった時代の信仰のあり方を意味します。

 中田さんは一般の、つまりハディースやイスラム法の法学書を読んだりしないイスラム教徒ではなく、それらの素養をもった活動家ですから、イスラム1.0に当てはまりませんし、当然、イスラム2.0現象にも該当しません。

 また中田さんはいつの間にかイスラム法学者ということになっていますが、イスラム法学者ではありません。私と同じく、イスラム法の「研究者」です。

 ――本書の大半部分で意見が噛み合わないなか、第六書簡「ハラール認証の問題」の章は唯一、ハラール認証機関の欺瞞を暴く点で双方の主張が一致しているように見受けられました。飯山さんはこの章についてどのようなご意見、感想をお持ちでしょうか?

 飯山 このテーマを選んだのは私です。このテーマならば共通見解が見出せるだろうと思って提案しました。日本でも、学校給食などハラールをめぐる問題は報道されている以上に多いと聞き及んでいるので、そういった問題の当事者のお役に少しでも立てればいいな、と思って書きました。

 ――これから本書を読む読者に向けて特に「この論説を読んでほしい」という章はありますか?

 飯山 「まえがき」と「最終書簡」です。


イスラム社会に深く根付く陰謀論

 ――もし連載が継続していた場合、今だったらどのようなトピックを取り上げますか?

 飯山 イスラエルとUAE、バーレーンの国交正常化、ナゴルノ=カラバフ問題、モザンビークの「イスラム国」などですね。イスラム教徒は世界中に存在していて、世界では毎日多くの出来事が発生しているので、ネタに困ることはありません。

 ――今回の書籍はイスラム社会における「新型コロナ」の影響を初期の段階で考察したという点でも、重要な論旨が展開されていると思います。改めて今回の新型コロナがもたらした影響をどう捉えているか、本書の内容にも関わる部分ですが簡単に教えて下さい。また収録論考が書かれた時点から時間が経過していますが、今現在の状況なども教えてもらえるとありがたいです。

 飯山 イスラム社会というのは、人々の生活の中に陰謀論が根付いているようなところがあって、新型コロナについてもまずはその陰謀論的な反応が顕著に現れました。しかし問題は、個人レベルではなく国家レベルで陰謀論を唱えたり、感染者や死亡者の実態を隠蔽したりする場合です。その代表がイランとトルコで、この両国については本書でも言及しましたが、今でも1日のコロナ感染者数や死亡者が最多を更新したりするなど、一向に収束していません。

 一方現実的な対応をしたサウジアラビアやエジプトなどでは順調に感染者数が減少し、サウジは最近になって、7ヶ月間中止していた小巡礼の巡礼者受け入れを再開しました。

 イスラム教徒の信仰実践というのは、1400年以上の歴史と伝統の上に成り立っています。もちろん何度も疫病や災禍を乗り越え、今日に至っています。従って、新型コロナでそれが根本的に変わるということは、基本的には全く考えられません。

 ――飯山さんは一貫してイスラムに内包する差別の問題(女性、子ども、他宗教)を重視している印象を受けます。本紙(週刊読書人)では、これまで中田さんや板垣雄三さんらのようなイスラム研究者の論説を中心に扱っていたため、この問題への指摘が希薄でした。インタビューの最後に改めてイスラムにおける差別の問題を概説いただけますでしょうか。

 飯山 それは私自身がイスラム世界で散々差別されてきたからだと思います。中田さんや板垣さんのように、「肩書を持った偉い学者」という体でしかイスラム教徒と接したことのない人は、それを経験したことはないでしょう。しかも彼らは男ですし。

 またイスラム擁護論者にとってイスラム教が教義で差別を当為と規定していることは不都合ですから、その側面は隠そうとします。私にはそれを隠す必然性がなく、またそれはイスラム的価値観と近代的価値観の大きく異なる点だと考えるので、折に触れ論じるようにしています。

 女性差別、子供の虐待、異教徒差別、LGBT差別などは『コーラン』などの啓示に源があるため、イスラム教徒にとっては極めて当然のことであり、彼らはそれを悪いことだとは思っていません。イスラム教徒が多数を占めるイスラム教の国なのだから、イスラム的価値観を通して何が悪い、という主張ももっともです。

 一方、男女差別や異教徒差別を是正しようと尽力するイスラム諸国も現れ始めています。

 既述のように、イスラム社会には陰謀論が深く根付いているのですが、その最たるものがユダヤ陰謀論で、反ユダヤ、反イスラエルは宿痾のようにイスラム教徒の心を蝕んできました。ところが今年8月、米トランプ大統領の仲介でイスラエルとUAE、続いてバーレーンとの国交正常化が発表され、9月には調印式が行われました。

 これは、反ユダヤとか反イスラエルとかいうのはもうやめていこう、という明白な方向性を国家が示したことを意味します。

 これは少なくとも私のようにイスラム教徒ではなく、イスラム教という宗教に基づく異教徒への嫌悪、差別、迫害がなくなり、それに起因する対立や戦争がなくなり、友好関係が促進されることをよいことと考える人間にとっては、非常に歓迎すべき変化です。

 中田さんをはじめとする日本の中東イスラム研究者は、みなお気に召さなかったようですが。

 日本政府がこの国交正常化を支持したことも、正しい判断だったと思います。(この項おわり)

★いいやま・あかり=イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻イスラム学専門分野単位取得退学。博士(東京大学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム2.0──SNSが変えた1400年の宗教観』(河出新書)がある。1976年生まれ。
Twitter(@IiyamaAkari)とnoteで、イスラム世界の最新情報と情勢分析を随時更新中。