罪を背負って「生きる」こと

黒澤いづみインタビュー

『私の中にいる』(講談社)刊行を機に

 作家の黒澤いづみさんが、二作目となる長編小説『私の中にいる』(講談社)を上梓した。

 虐待から逃れるため、実の母親を殺してしまった羽山萌果。事件以降、彼女は人が変わったような言動をとり始める。原因は解離性同一性障害なのか?

 刊行を機に、黒澤さんにお話を伺った。(編集部)
※≪週刊読書人2020年10月30日号掲載≫

『私の中にいる』
著者:黒澤いづみ
出版社:講談社
ISBN13:978-4-06-520276-0



社会と関わる入口/心に潜む知らない〈自分〉

 ――本作はメフィスト賞を受賞した『人間に向いてない』(講談社)に続く、二作目の小説です。どちらも「家族」が大きなテーマとして設定されていますが、何か理由があったのでしょうか。執筆のきっかけとあわせて、お聞かせください。

 黒澤 『人間に向いてない』は、発症すると一夜で姿が変わる「異形性変異症候群」が流行した日本が舞台です。引きこもりなどの社会的弱者や家族間で何かしら確執を抱える若者が罹患しやすい奇病で、発症した人間は法的に死亡扱いとなります。そんな世界で、「虫」に変異してしまった息子を持つ母親をめぐる物語となっています。家族は、人間が最初に所属するコミュニティですよね。子どもは生まれてくる親を選べませんし、親も子を選べません。それでも親は、子どもが生まれてすぐに関わる人たちです。社会と関わる入り口となる人たちとの関係が上手くいかなければ、後々の人生にも影響が出てきてしまうのではないかと思います。

 本作も、ある意味では最初の人間関係に躓いた人たちの話といえます。『私の中にいる』というタイトルは本文中の詩から取っており、全体を読み返したときにタイトルとして相応しく感じて決めました。「解離性同一性障害」がキーワードとして何度か出ていますが、人の多面性に焦点を当てて描きたいという思いがありました。心のどこかに、自分の知らない〈自分〉が潜んでいる。私たちには、自覚していない/できていない側面があるのだということについて掘り下げてみたいと考えていました。

 ――物語の舞台は、児童自立支援施設です。ここには、自ら意図せずして罪を犯さざるをえなかった少年少女たちが保護されている。主人公・羽山萌果も、そのひとりです。彼女は何度も脱走を繰り返す〈問題児〉ですが、突発的な行動では逃げられないこと、自分の要領の悪さを自覚しています。

 黒澤 物語は、実の母親から虐待を受けていた少女の萌果が、暴力から逃れるために抵抗した結果、不意の事故で母を死に至らしめてしまった……という客観的事実から始まります。シングルマザーの家庭で育った萌果には、頼れる身内がいません。殺人を犯してしまった天涯孤独の少女が、その後どういうふうに社会に再接続されていくのか。少女の立ち直りを描くために、児童自立支援施設を舞台として選びました。

 不器用な性格である萌果は、育った環境も相まって、周囲から受ける強制に反発することが生き方の軸になっています。そのせいで割を食うことも多く、自分と世渡り上手な人を比較して、自己嫌悪に陥ったり他人を羨んだりすることが何度もあったはずです。その中で自分自身に対する批判の感情も育っており、『頭では自分のやり方のまずさが分かっているけど……』という状態になっているのではないかと思います。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます

★くろさわ・いづみ=小説家。福岡県出身。『人間に向いてない』で第57回メフィスト賞を受賞しデビュー。