十八世紀、人はいかに真理と向き合ったのか

対談=飯野和夫×小松美彦

十八世紀叢書第Ⅶ巻『生と死 生命という宇宙』(国書刊行会)刊行を機に

 十八世紀の人文・社会科学の文献を幅広く翻訳紹介したシリーズ『十八世紀叢書』全一〇巻の最新刊『生と死 生命と宇宙』(国書刊行会)が刊行された。翻訳者である、飯野和夫(名古屋大学名誉教授)、小松美彦(東京大学教授)の両氏に対談をしてもらった。また、小松氏には、「日本学術会議任命拒否問題」に対して緊急インタビューを行なった(3・10面掲載)。(編集部)
※≪週刊読書人2020年11月6日号掲載≫


『十八世紀叢書Ⅶ 生と死――生命という宇宙』
著 者:シャルル・ボネ/マリー・フランソワ・グザヴィエ・ビシャ
訳 者:飯野和夫/沢﨑壮宏/小松美彦/金子章予/川島慶子
出版社:国書刊行会
ISBN13:978-4-336-03917-0



十八世紀の生命思想・霊魂観・人間観・生理学を知るために

 小松 このたび、中川久定・村上陽一郎責任編集『十八世紀叢書Ⅶ 生と死――生命という宇宙』が、国書刊行会より上梓されました。次の三点を翻訳収録したものです。シャルル・ボネ『心理学試論』(飯野和夫・沢﨑壮宏訳)、グザヴィエ・ビシャ『生と死の生理学研究』(小松美彦・金子章予訳)、ディドロ/ダランベール編『百科全書』の「死」「生」「生・寿命」の項目(川島慶子訳)――また、各訳者による解説論文が付されています。これら三種の論著は、日本では認知度の違いはあるものの、いずれも十八世紀の生命思想、霊魂観、人間観、生理学などを知る上で非常に重要であり、現代の学問・思想や死生問題との関係でも考えるべき点が少なからずあると思われます。そこで本日は、ボネの翻訳責任者の飯野さんと、ビシャを担当した私とで、この二人の歴史的人物の著作と思想について、さまざま議論してみたいと思います。まずボネのプロフィールからお願いします。

 飯野 ボネは、一七二〇年に当時のジュネーヴ共和国に生まれ、同地で九三年に亡くなっています。博物学者としてスタートし、その後、目の病気で視力が著しく低下してしまったため、三十歳頃、哲学に転じました。敬虔なプロテスタントだったのですが、人間の認識の起源を感覚に求める感覚論哲学を、身体組織が意識へ影響するという点を重視して展開しました。この点で、同時代の同じ感覚論者であるコンディヤックと区別されます。今回翻訳した『心理学試論』は、ボネの最初の哲学的著作です。精神の働きを身体組織に基づけて議論を展開して、非常にラディカルです。また一方で、後ほどお話ししますが、来世論の萌芽もこの著作には認められます。そういうこともあって、ボネの思想の全体がわかるコンパクトな著作になっています。

 小松 ビシャは、一七七一年にフランス東部のジュラ県で生まれ、一八〇二年に三十歳の若さで夭折しています。ちょうど医学の改革期で、フランス革命によって改革は一旦弾圧されたが、また進められた、ビシャはそういう時代を駆け抜けた人です。最後の四年間で四冊の大著を次々と刊行し、その二冊目にあたる『生と死の生理学研究』が、今回翻訳したものです。本文冒頭の「生命とは死に抗する機能の総体である」という著名な言葉が、現代にも伝わっており、当時は、生理学者はもとより、ゲーテをはじめ様々な思想家にも衝撃を与えました。全体としては、解剖学に基づく独自の生理学を展開した人物です。

 今基本的事項をそれぞれ述べましたが、ひきつづき、『心理学試論』を翻訳された結果、新たにいかなることがわかったのか。飯野さんは博士論文以来、ボネの研究を続けていらしたので、ご自身では「新たに」ということではないかもしれませんが、特に強調されたい点についてお話しいただきたいと思います。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます

★いいの・かずお=名古屋大学名誉教授・近現代フランス思想・感覚論哲学。パリ第一大学大学院哲学研究系博士課程修了。博士(哲学史)。訳書にジャック・デリダ『たわいなさの考古学』など。一九五一年生。

★こまつ・よしひこ=東京大学教授・科学史・科学論・生命倫理学・死生学。東京大学大学院理学系研究科科学史・科学基礎論博士課程単位取得退学。博士(学術)。著書に『死は共鳴する』『生権力の歴史』など。一九五五年生。