社会と対峙する探偵と作家

飯城勇三インタビュー(聞き手=杉江松恋)

『数学者と哲学者の密室』(南雲堂)刊行を機に

 一九四七年に登場した天城一と、一九七九年に登場した笠井潔。世代の違う二人の探偵作家には、共通点があった。彼らの比較考察から本格ミステリを論じた飯城勇三著『数学者と哲学者の密室 天城一と笠井潔、そして探偵と密室と社会』(南雲堂)が刊行された。

 刊行を機にミステリ評論家の杉江松恋さんに聞き手をお願いし、飯城さんにお話を伺った。(編集部)
※≪週刊読書人2020年11月13日号掲載≫


『数学者と哲学者の密室 天城一と笠井潔、そして探偵と密室と社会』
著 者:飯城勇三
出版社:南雲堂
ISBN13:978-4-523-26596-2



「類似点」から接点を探る

 杉江 天城一『圷家殺人事件』(改稿版『風の時/狼の時』)と笠井潔『哲学者の密室』を共通項に二人の作家を論じる。とても面白い評論でした。執筆のきっかけなどは、あったのでしょうか。

 飯城 実は当初、天城論と笠井論は別々に本にしたいと思っていました。ですが、どちらも売れないと編集者に言われてしまった(笑)。じゃあ組み合わせたらどうだろうと考え、できたのがこの本です。だから、この本は「Ⅹ」の形をしています。第一部「数学者と哲学者の探偵」で二人の作家を並行させ、第二部「数学者と哲学者の密室」で接点を設け、第三部「数学者と哲学者の社会」では再び分かれる。第二部を外して読むと、それぞれ独立した論になっています。

 杉江 本の中でも語られていますが、飯城さんは天城さんと長いお付き合いがあった。天城さんの作品に対する視点は、いつ頃発見したのでしょう。

 飯城 天城さんとは、大学時代からの付き合いです。学生の頃、私はミステリファンクラブ「SRの会」の会誌の編集を担当していました。天城さんも会員で、私の編集した会誌に新作を六作も発表してくれたのですよ。それで、天城さんが作品を送ってくると必ず、感想と意見を手紙で送っていました。そういう縁もあって、私が会誌の編集から離れた後も、ミステリ同人誌『シャレード』などに自作が載ると掲載号を送ってくれました。そして、私が感想を書いて送る、という流れも続いたわけです。でも、作者を唸らせる感想を書くのは、ものすごく難しいですよね。原稿用紙十枚ぐらいの作品を、普通の読み方より何倍もの注意を払って行間を読み込み、三~五枚の感想を送る。しんどいですが、そうすると、天城さんから予想もしていなかった返事が来るんです。それが面白くて毎回頭を絞り、天城さんを唸らせる感想を書こうとしていました。この繰り返しによって、私の評論の腕は鍛えられたと思います。私を評論家として今のレベルまで育ててくれたのは、天城さんです。

 杉江 天城さんは戦争を経験した世代、笠井さんは戦後生まれで同時代に活躍したわけではありません。この二人を比較考察しようと思った理由を教えてください。

 飯城 天城さんの長編『圷家殺人事件』は、一九五五年に発表されました。私が読んだのは一九八〇年頃の大学時代ですが、当時は、面白いけれど普通の作品だと正直感じていましたね。ですが、笠井さんの『哲学者の密室』を読んだ後、この二作にはたくさんの類似点があると気がついたのです。一人称での叙述や探偵役が異邦人であること、密室ものと〈戦争〉の接続……。それまで見えていなかった部分に光が当たるようになりました。接点が薄いはずの二人の共通点を論じたら面白いと思い、第二部第三章の原型となる考察を練りはじめました。

 杉江 第二部後半に収録されている天城さんと笠井さんの書簡のやり取りも、エキセントリックでした。各々が的確な指摘をしているんですよね。

 飯城 私が笠井さんと面識を得られたのは、法月綸太郎さんが「初期クイーン論」で私の『ギリシャ棺の謎』論に言及してくれたおかげです。これで笠井さんが私の文に興味を持ってくれました。その時はちょうど、天城さんの米寿祝いに『天城一読本』を出そうと思っていた頃だったので、笠井さんに『圷家殺人事件』を読んだことがあるか尋ねました。「読んだことがある」と返事をいただいたので、天城さんに関するアンケートに協力をお願いしました。本の中に全文掲載していますが、素晴らしい回答でした。早速そのアンケートを見せて、『哲学者の密室』を天城さんに読んでもらった。これは、ミステリ史において、私が一番貢献できたことだったと思います。書簡部分は本書の軸となっていますね。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます

★いいき・ゆうさん=エラリー・クイーン研究家・エラリー・クイーンファンクラブ会長。著書に『本格ミステリ戯作三昧』(第18回本格ミステリ大賞評論・研究部門受賞)など。一九五九年生。

★すぎえ・まつこい=文芸評論家・書評家。著書に『ある日うっかりPTA』など。一九六八年生。