「日本学術会議任命拒否」問題を考える

対談=山本貴光×吉川浩満

「哲学の劇場」コラボ企画

 日本の研究者の代表機関「日本学術会議」。その新会員として推薦した一〇五人中、六名の候補者を菅義偉首相が任命拒否した――。

 この問題について今回対談をお願いしたのは、山本貴光氏と吉川浩満氏。YouTubeにて「哲学の劇場」を主催するお二人にお話しいただいた。なお、YouTube「哲学の劇場♯35」に本対談の動画が公開されている。(編集部)
※≪週刊読書人2020年11月13日号掲載≫

〈一市民〉の立場で語る

 吉川 世間を騒がせている「日本学術会議任命拒否」問題ですが、経緯を簡単に確認しましょうか。一言でいうと、日本学術会議(以下:学術会議)は日本の理系文系の研究者の代表機関です。経費は国庫負担で内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立した国立アカデミーとして設置されています。二百十名の会員の任期は六年で、三年ごとに半数が改選される仕組みです。この組織について定めた「日本学術会議法」の第七条には、次の通り記載されています。「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」。会員選出がこのようなかたちになった一九八四年以降、学術会議の会員任命は、天皇が内閣総理大臣を任命するのと同様、あくまで形式的な手続きとしてなされてきました。それに対し今回、学術会議が推薦した会員候補一〇五名のうち六名について、菅首相が任命拒否を行った。しかも「総合的・俯瞰的な活動を確保する観点から判断した」という具体性に欠ける理由しか提示されなかったので、大きな問題となりました。

 じつはこの企画のご相談をいただいたとき、ずいぶん荷が重い仕事だと震えました。私たちは学者や研究者ではありませんし。でも、学問とまったく無縁でもありません。むしろ理系文系問わず直接的に学問の恩恵を受けている。そういう立場だからこそ言えることがあるかもしれないと、お引き受けしました。

 山本 はじめに申せば、私もアカデミアに対して、もともとはアウトサイダーです。吉川くんが言うように、学者でも研究者でもない。ですが、機会があると大学で講義をすることもあるので、ほんの少しインサイダーでもある。アカデミアの内と外の両側に足をかけている立場から、この問題をお話したいと思います。

 吉川 たしかに私も大学に呼ばれて講義などをすることがあるので、アウトサイダーでありながら、少しだけインサイダーでもあるといえるかもしれません。

 さて、「学問の自由」というのは大きなトピックで、山のように論点が存在します。SNSなどでは、さまざまな問題が整理されずに提示されるために議論が錯綜し、デマもたくさん飛び交っている。そんな状況下ですから、とりあえずシンプルな議論の出発点を設けたいと思います。それは、どのような視点、どのような立場でこの問題を捉えるか、です。この問題を論じるときには、これを大前提として押さえておきたい。なぜかというと、視点や立場によって、主張する内容や論点の優先順位が大きく変わるからです。

 そのうえで今回私たちが基本とするのは、〈一市民〉としての立場です。なぜかというと、それがどんな人間であれ共有しているはずの立場だからです。学者であろうとなかろうと、一市民には違いありませんよね。また、後に述べるように今回の任命拒否は、学術会議という団体のあり方に関する問題であるという以前に、政治権力の行使のあり方に関する問題である。つまり民主社会のメンバーとしての市民にとってこそ、重大な問題であると考えるからです。

 山本 〈一市民〉という立場を基礎として、人によっては研究者、政治家など別の立場がある。話が錯綜する原因の一つには、立場の違いを明確にしないまま論じていることが挙げられます。例えば、飲み屋のおしゃべりで、贔屓にしている野球チームの監督になりきってチームを差配したりする。願望に基づいて、監督であるかのように話す。もっとも、この場合、かたとき楽しむためのおしゃべりで、意見の違うファンとケンカになるくらいです。他方で、今回の任命拒否問題について考えるような場合、立場を混同すると無用にことをややこしくしてしまいます。

 吉川 その点を踏まえて一市民として考えると、この問題は非常に単純にまとめることができます。私たちがオリジナルな見解をいくつも持っているわけではないので、他の人の見解を引きながら述べることにします。最初に、リサーチマップに掲載された歴史学者・松澤裕作さんの研究ブログ「日本学術会議会員の任命拒否について私の考えるところ」を見てみましょう。松澤さんは、この問題の論点は基本的に二つだけだと指摘しています。

 ①任命拒否は法律違反ではないか 
 ②権力の恣意的な行使ではないか


 私もこの路線に大筋で賛成します。他にもさまざまな論点があるでしょうが、政府を監視する市民の役目として、少なくともこの二点を忘れてはならないと思います。だとすると、これは研究者にとっての問題であるだけでなく、いやそれ以前に、市民にとっての大問題であるということになります。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます

★やまもと・たかみつ=ゲーム作家・文筆家。著書に『記憶のデザイン』など。一九七一年生。

★よしかわ・ひろみつ=文筆家。著書に『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』など。一九七二年生。


☆「人文的、あまりに人文的#35読書人×哲学の劇場 共同企画 日本学術会議任命拒否問題を考える」


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