俳優・三浦春馬からの<継承>

三浦春馬著『日本製』(ワニブックス)を巡って

対談=田中秀臣×森永康平

PART1

 今年4月に刊行された三浦春馬著『日本製』(ワニブックス)は、俳優の三浦春馬さんが日本全国47都道府県各地の文化、産業、芸能、食など様々な分野に携わっている人たちのもとを訪ね取材した、約5年に及ぶ長期連載の書籍化であり、また三浦さんが遺した最後の一冊でもある。(三浦春馬さんは2020年7月18日に逝去)。
 本書をめぐり、かねてより三浦春馬ファンを公言し、独自の三浦春馬論を展開してきた経済学者の田中秀臣氏と、経済アナリストの森永康平氏に読書人WEB「MMT(現代貨幣理論) 正しい[理解・検証・議論]のために」特集に続き、再び対談いただいた。経済論を専門とするお2人が本書をどのように読み解いたか、異色の取り合わせとなった本特集をぜひお楽しみいただきたい。(編集部)

※本記事はおかげさまで大好評につき全文公開期間を延長いたします。引き続きお楽しみください。


日本の幅広さと深み/三浦春馬の情熱

 田中 今回、僕がどうしても三浦春馬さんの『日本製』を取り上げた企画をやりたくて、対談の相手に前回「読書人WEB」の対談でご一緒させていただいた森永康平さんにご登場いただいたのですが、森永さんなら本の内容をリスペクトしつつ、経済的な視点で客観的に分析も加えていただけるだろうと。

 森永 とんでもないです(笑)。

 田中 この『日本製』は月刊誌の「プラスアクト」で2015年から2019年にかけて、三浦春馬さんが日本全国47都道府県を取材して巡る同名の連載の書籍化で、三浦さんが現地で出会った生産者側の人たちとの対話や交流を同行したライターさんがうまくまとめた本文と、三浦さん自身の取材の感想コメントが各回に添えられていて、それだけでも読み応えのある一冊なんですね。それに実際に三浦さんが取材した現場の中には経済学者の僕ですら知らないような業態も結構あり、経済学的にみても非常に勉強になることが多かった内容です。僕は普段マクロ経済学の研究をしているので、正直ミクロ的な個々の現場分析に弱いところがあって、そういった日本各地の現場を経済学や経営学とは違った視点でこれだけしっかり見せてもらうことが出来、経済学の副読本としても有用な一冊だと思いました。森永さんはこの本を読んでどんな感想をお持ちになりましたか?

 森永 そうですね、僕は日本で生まれ、海外駐在していた3年半を除く32年間は日本で育ちましたけれども、それでも知らない場所や、知らない産業、知らない文化が日本国内だけでもこれだけあったんだ、という驚きが率直な感想です。例えば、埼玉県を紹介する回で取り上げられた秩父郡小鹿野町。僕は生まれてから20年以上は埼玉県に住んでいて、秩父地方には何度も行ったことがあるんですけれども、秩父の中の小鹿野町という場所には行ったことがなくて。生まれ育った地域の周りですら、行ったことのない場所があるくらいですから。

 田中 僕も埼玉県に住んでいた時期が長かったんですけれども、確かに小鹿野町のことを読んだ時は、こういったところがあったんだっけ? という印象でした。その小鹿野町には「小鹿野歌舞伎」という独自の華やかな文化があって。これを知ったときは本当に意表をつかれる思いでした。僕の生活圏である関東地方だけに絞っても、三浦さんの地元・茨城県の回に登場した「土浦全国花火競技大会」で使われる花火の製造現場なんていうのもまさにそうですし、お隣の栃木県の回に出てくる「史跡足利学校」も名前は知っていましたけれども、実際はこういうところなんだなって。この本で紹介されている産業や文化の半分くらいは知らなかったですね(笑)。

 森永 僕は半分どころか、ほとんど知らなかったですよ(笑)。それに、今住んでいる東京都の回では中央区佃の佃煮文化を紹介していますけれども、その成り立ちの中で「徳川家康」とか、「本能寺の変」といったフレーズが佃煮屋の店主からポンポン出てくるんですよね。それってもう教科書レベルの話じゃないですか。これだけの歴史的なものが今でも現存していることへの驚きもありました。それだけの積み重ねを経て文化は形成されていくのだな、と。

 田中 そんなエピソードが47都道府県分あるので、まさに本書は「日本発見」というのにふさわしい1冊ですよね。

 森永 正直、この本を読む前は今話に出たような伝統産業や職人芸的なものだけを取り上げている内容なのだろう、という先入観があったんですけれども、蓋を開けてみたら鹿児島県の回ではJAXAの種子島宇宙センターという超最先端の施設を取り上げているし、あるいは長野県の回では高品質のギターを製造している工場が出てくるんですよね。

 田中 福島県の回のお米や、鳥取県の回のらっきょうは農業分野の話題なんですけれども、三浦さんが目にしたのは極めて先進性の高い生産現場だったんですよね。伝統産業の話かと思いきや実は最先端農業だったという。

 森永 あるいは広島県の回では個別の製品は登場せずに、原爆体験の話のみですし。この本の中だけでもこれだけの幅広さと深みが日本にあるということがわかります。

 田中 産業レベルや企業レベルのなかからも文化的な深みを感じることもできますよ。

 森永 この幅と深さを知ることは今、日本に住んでいる人たちにとってプライドになるのではないでしょうか。

 田中 その点に気が付かないまま、単に生産されたモノを消費するだけではすごくもったいないな、と。日本で作られたモノの文化的な深み知った上で消費することが出来れば、より人間の深みを追求できる気がします。

 森永 加えて思ったのが、すごく教養が深まる本だな、と。僕が思う教養のある人というのは単に頭がいいとか悪いということ以前に、いろいろなジャンルの知見をきちんと理解している人であって。特に本書で取り上げられたような歴史や文化、そういったことを知ってはじめて教養のある人間になれるのではないでしょうか。最近、僕の同世代では薄っぺらい内容のビジネス書とかを読んで頭がよくなった気になっている人が多いんですけれども、そういったものを読むくらいだったら、こういった本をじっくり読んで自国の文化や歴史についての知見を深める方がよっぽど大事です。

 特に今の20代30代ってグローバルエリートがカッコいい、だとか、WEB系のメディアではボーダレスに飛び回っている人たちを成功者だと礼賛して、自国のことを顧みない人たちが割と多いように感じるんですけれども、でも本物のグローバルで活躍している人たちこそ、自国の文化や歴史に精通している真の教養人ですから。

 だから若い人たちは軽々にグローバルとか言わずに、まずはこの本に目を通してもらって日本の幅広さと深みを見直してもらいたいですね。今の若い人たちから文化的・歴史的なものに対する興味がなくなって、文化そのものが潰えてしまうと、日本国にとってはとてつもない損失で、それは我々が扱っている経済学のようにデータで明確に表せられないレベルです。こういったことを改めてきちんと知るべきだし、同時に僕らの世代がちゃんと守って後世に繋げていかなければいけないな、と思うようになりました。

 田中 まさに森永さんのおっしゃる通りで、この本は決して旅行のお供、あるいは人気俳優のタレント本とかそういった気楽に読める内容ではない極めて本格的な教養本です。

 あと、僕はこの本から三浦さんが5年の歳月を費やした『日本製』という仕事に対するとてつもない熱量を感じました。人気俳優業の傍らでやる仕事の領域を超えた三浦さんの情熱がつまっている。それに加えて彼を支えたスタッフたち、あるいは連載を完遂させ本の出版にまで持っていった出版社の情熱が結集しているんですよね。本作りにあたってはむしろ過剰なほどの情熱が注がれた一冊だという気すらします。一方で、この本は三浦さんが亡くなる数ヶ月前に刊行されましたが、その時点では僕もスルーしてしまっていたし、本自体がきちんとした評価を受けていたのかどうなのか。そのことについて三浦さんがどのようなお気持ちでいたかなど、個人的にはきちんとフォローしきれていなかった反省の念もあります。


地域経済、小規模企業の危機的状況

 田中 本書をめぐる後日談として、新型コロナの流行による自粛期間中、三浦春馬さんも芸能活動ができなくなったときに取材を受けた生産現場の方々から「うちに来て農業をやりなよ」とか「うちで一緒に商品を作ろうよ」といった優しい言葉をかけていただいたそうなんですよ。

 森永 へえー、そうだったんですね。

 田中 そのエピソードを聞いて、改めて人と人との繋がりを思いました。ただ単にモノを作るだけではなくて、古臭い言い方だけれども人と人との結びつきの素晴らしさですよね。

 森永 それが日本のよさなんでしょうね。日本って島国で単一民族だからこそ共同体として成り立ちやすいのだろうなと考えています。マレーシアで仕事をしていたことがあったんですけれども、マレーシアは人種のるつぼなんですね。公用語が4カ国語もありますし、宗教も違うし、文化も全く異なるから国として一体感を出すことが難しいんです。わざわざ「ワン・マレーシア」という標語を作って、多民族の融和を呼びかけています。その点、日本の場合はどの都道府県に行っても、基本的に同じ価値観でいてくれる。そこで生まれる結びつきのようなものが日本を引っ張ってきた1つの要因なのではないかな、と。

 田中 なるほど。だからこそ新型コロナによる経済的な影響がデータとしていろいろ出てきている中で、本書に出てくるような業態の人たちの現状であるとか、今後どうなっていくのか、というのは懸念している部分です。本書で取り上げられている業態や産業って一部を覗いて、最近のデービッド・アトキンソン氏や竹中平蔵氏らの発言で注目されている「中小企業合併論」における小規模企業なんですよね。「中小企業合併論」というのは生産性の高い中規模企業と小規模企業を仕分けて、生産性の低い小規模企業は統廃合して、淘汰しなければならない、という説であって。例えば徳島県の回に出てくる「BUAISOU」という藍染の工房は典型的な小規模企業で、若い人たちが運営しているから分業体制がしっかりしているんだけれども、それぞれの工程担当が1人しかおらず、誰か1人でも欠けると分業体制そのものが狂ってしまう、そういったすごく綱渡りの運営をされているんですね。もし今、世の中がアトキンソン流のグローバル礼賛、国際競争力だけを高めていくといった話に与するようになると、こういった産業、会社はほとんどが消えてしまうことになる。

 それにこの10年ちょっとの間にリーマンショック、東日本大震災、新型コロナと100年に1度レベルの経済事件が3つも起こっている状況なので、小規模企業にとっては特に苦難が続いてしまっていて。

 森永 印象としては2、3年おきに経済的な影響が大きいイベントが起きている感じですよね。

 田中 100年に1回レベルのショックがこれほど頻繁に起きるようだと、企業の側はそれに備えて現金を持っておこう、という発想になります。つまり余計な投資をしたり、無駄な消費をせずに、キャッシュを確保していた方がいい、と。それは消費者も同様ですよね。なるべく貯金しておこうと考えます。そうなると消費も最低限の日用品に限られていく。特に本書で紹介されているような選択消費型の製品は生活水準が一定程度豊かで余力がないと買えないものが多いので、購買意欲につながらなくなってしまうんですね。だからこの10年は、特に本書で取り上げられている企業の人たちにとって大試練を迎えているだろうなと思うんです。それに加えて「中小企業合併論」のような清算主義的な発想が今再び論じられるようになり、警戒感を強めているのです。

 ただ、アトキンソン流の国際競争力って結局「名目GDP/労働者数=生産性」の図式じゃないですか。働く人が一定だったら分子に乗っている経済規模を増やせばいいだけなんですよ。当然需給ギャップが開いて貨幣量の不足が顕在化しているから、お金不足を解消する政策を政府が行えば、清算主義的な処置を用いらずとも、達成できてしまうんです。

 当然、みんながお金を持つことができ余裕がでてくれば、本書に出てくる小規模企業の人たちも何らかの恩恵を受けることができるわけで。ただ、お金の不足自体はバブル崩壊後の失われた30年を経ても未だに解消されておらず、小規模企業にとって苦境の根本的な原因なんですよ。やはり日本の長期停滞は罪ですね。僕なんかは長年、国のお金不足を指摘していて、今の政府はようやくそのことを意識するようになりましたけれども、どうにも動きが鈍い。

 森永 新型コロナをきっかけに東京一極集中を解消して地方に分散化していくんだ、という話も盛んにされるようになりましたよね。この動きって個別の職場や産業が盛り上がっていけば自然に進んでいくことなんでしょうけれども、地域の活性化を促進しないままスローガンのみを語って労働者を地方に向かわせると、地方は相変わらず雇用状況や産業が不足しているままだから極めて不公平な境遇を受け入れなければならなくなる。逆に本書に出てくるような地方の産業などが復活し始めたら、喜んで地元に帰る人たち、あるいはその産業で働きたいから行ってみようと思う人たちが出てくると思うんですよ。結局のところ「企業の生産性を上げる」や、「東京一極集中をやめる」ってあくまで結果論なので、その結果に導くための政策を真剣に検討するのが本筋なんですけれども、今はどうもスローガンだけが突っ走っていて、とりあえず中小企業を整理して生産性をあげよう、とか、地方に特区を作って無理やり人を移住させよう、といった議論ばかりで。非常に議論が浅いですし、もっと思考を深める必要があると思います。

 田中 もっとミクロ的な視点で新型コロナを契機にリモートワークをどんどん取り入れて、働く場所を地方に移していこうという話も出ていますが、それも結果的にそうなればいいだけの話で。無理やりそれを推し進めても、森永さんのおっしゃる通り、今の経済状況の中で地方に行ったら困窮するだけでしょう。そういったチグハグ感はずっとある。

 森永 もちろん無理やり推し進めれば一時的には達成できるかもしれないけれども、長期的に続いていかないと全く意味がない。これって日本国としてどう進んでいかなければいけないのか、という根本的な議論なんです。もっと長い視点で、それこそ自分が死んだあとの時代も見据えたロングスパンの議論をしていかなければいけないんですけれども、これまでの政治を見ていると毎度キーワード先行で、結果的に何もできていないし、むしろ手遅れになっているじゃん、って。それが僕の生きてきたこの2、30年に対する感想です。この話は経済学どうこうではなく、今の時代を生きていれば誰しもが感じる事です。三浦さんも今年ちょうど30歳でしたし、彼の場合は実際の地方の様子も見てきているので、もしかすると彼なりに思うところもあったかもしれないですね。

 田中 ある意味逆説的だけれども、日本が昔から持っている経済的資産、文化的蓄積といったものは地方を中心に分厚く残っているから、日本の地方の人たちは今のところすごく豊かな暮らしをなんとかギリギリ維持しているな、というのが本書からも透けて見えます。でもそこから深堀りしてみると、やはり厳しい局面も迎えていて、本書のテーマである継承あるいは世代交代がなかなか上手くいっていなさそうだな、と思うところもあり、営々と続いてきた日本の良さが滅びていくのではないかという危機感を切実に感じます。

 森永 あと今回の新型コロナって世界同時的に発生した極めて珍しいイベントじゃないですか。ある意味世の中そのものが大きく変わるきっかけになりやすいというか、世界が同時に変化するタイミングなんですね。日本もこれをきっかけに旧来の不合理な慣習などをあらためて、その上で残すべき大切なものを次世代に繋げていく地固めをするための絶好の環境を迎えていると思うんですよ。でもここで変われないようなら、おそらく日本はよほどのことが起きない限り変われないと決定づけられてしまいます。

 田中 そうですね……今のところ、日本に変わろうとする動きはちょっと見えないですね。