史料は小説より奇なり。

対談=鶴間和幸×上田信

全集「中国の歴史」(講談社学術文庫版)をめぐって

 単行本刊行時に大きな話題を呼び、中国・台湾で累計発行部数が一五〇万部を超える全集「中国の歴史」(全一二巻、講談社)。ベストセラーとなった本全集が講談社学術文庫版となって刊行された(現在第六巻まで)。
 文庫化にあたり、シリーズ編集委員の鶴間和幸氏(第三巻執筆)と上田信氏(第九巻執筆)に対談をお願いした。(編集部)
≪週刊読書人2021年1月1日号掲載≫


『中国の歴史3 ファーストエンペラーの遺産 秦漢帝国』
著 者:鶴間和幸
出版社:講談社
ISBN13:978-4-06-521567-8


斬新な中国史の概説

 鶴間 「中国の歴史」(全十二巻)シリーズは、三十年に一度のサイクルで刊行されています。私たちが執筆した単行本は二〇〇四年に刊行が開始されました。その三十年前、一九七四年にも内容は違いますが同じ「中国の歴史」シリーズが講談社から発売されているんですね。刷新するにあたり、三十年前の全集は意識しました。以前のシリーズを踏まえ、どんな形で新たな概説を書くか。どういう執筆者を選ぶのか。概説を書くのはとても大変なので、執筆者の人選は特に重要でした。通史的な視点に加えて、二一世紀に合う新しい立場で中国を見直して書くことができる。そういう人を選ばなければいけなかったので、ずいぶん準備に時間がかかった記憶があります。

 上田 編集委員の中では私が一番若手でしたので、お声がけいただいた時は光栄に思うと同時にとても重要で大変な仕事だと悩みました。三十年前のシリーズは中国の正史に即したオーソドックスな歴史叙述だったので、今回はある程度の冒険が許され、編集委員で議論を重ねながら執筆者を決めました。『三国志演義』など中国文学を研究している金文京先生(第四巻『三国志の世界』)や、中国思想史を専門にする小島毅先生(第七巻『中国思想と宗教の奔流』)は歴史学者ではないからこそ書ける視点で、中国史を論じています。今までの中国通史とは違う、斬新な中国史の概説になったと思っています。

 また、鶴間先生や私を含め今回の執筆者の多くは留学などで中国に長期滞在した経験があります。これも前回のシリーズとは大きく異なる点です。十巻『ラストエンペラーと近代中国』を担当した菊池秀明先生は太平天国が行われた地域でフィールドワークを丹念に行っていますし、鶴間先生は現地の研究者たちと幅広く交流されています。

 鶴間 一九八五年から一年間、私は北京の中国社会科学院歴史研究所を訪問しましたが非常にいい時代でした。今は外国の研究者が中国に留学するにはいろいろと制限がかかりますけれども、当時はもっと自由だった。文化大革命が終わり、現場も積極的に受け入れてくれたので自由に遺跡も調査できました。一緒に研究生活をしていると、だんだんと本音で会話できるようになります。ある時、現地の研究者に次のように言われました。「外国人には中国人の生活なんか分からないだろう」。日本では文革が美化されすぎている、自分たちの苦労を何も知らないくせに。そんな思いがあったのでしょう。ですが、ここで負けてはいけません。中国には喧嘩に近い対話を重ねることで、お互いの理解を深めていく文化があるからです。「外から見ることで中国全体や国家の構造が見える」と彼に言い返し、議論を重ねた。本音をぶつけ合いながら得た人間関係は、今でもかけがえのない大切な財産になっています。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます

★つるま・かずゆき=学習院大学文学部教授・中国古代史。秦漢帝国の歴史や兵馬俑、始皇帝陵について現地調査を進めながら研究を続ける。著書に『秦漢帝国へのアプローチ』『始皇帝の地下帝国』『人間・始皇帝』『秦の始皇帝 伝説と史実のはざま』など。一九五〇年生。

★うえだ・まこと=立教大学文学部教授・中国社会史・アジア社会論。中国明清時代の生活、社会の分析、海域アジア史・東ユーラシア史研究。著書に『伝統中国』『森と緑の中国史』『トラが語る中国史』『ペストと村』『死体は誰のものか』『人口の中国史』など。一九五七年生。


学術文庫版 中国の歴史 全12巻
①宮本一夫『神話から歴史へ』
②平勢隆郎『都市国家から中華へ』
③鶴間和幸『ファーストエンペラーの遺産』
④金文京『三国志の世界』
⑤川本芳昭『中華の崩壊と拡大』
⑥氣賀澤保規『絢爛たる世界帝国』
⑦小島毅『中国思想と宗教の奔流』
⑧杉山正明『疾走する草原の征服者』
⑨上田信『海と帝国』
⑩菊池秀明『ラストエンペラーと近代中国』
⑪天児慧『巨龍の胎動』
⑫礪波護・尾形勇・鶴間和幸・上田信・葛剣雄・王勇『日本にとって中国とは何か』