コロナ禍の祈り、一冊の本が誘う旅

内田洋子インタビュー

『デカメロン2020』(方丈社)刊行を機に

『ジーノの家』から『サルデーニャの蜜蜂』まで、イタリアを内側から描いたエッセイが人気の、ジャーナリストの内田洋子さん。このたび内田さん企画・翻訳の『デカメロン2020』が方丈社から刊行された。著者はイタリアの二十四人の若者たち。コロナ禍の最初のロックダウンの折に、内田さんがイタリア各地の若者に呼びかけ、毎日届くメッセージを邦訳しては、ウェブ連載として日本の読者に届け続け、このたび美しい本に仕立てられた。ニュースに載らない小さな声、イタリア各地の日常と非日常、若者のみずみずしい感性が、ギッシリ詰まった一冊である。刊行を機に、内田さんにその経緯やイタリアと日本の違い、こだわりの本づくりについてなど、お話を伺った。(編集部)
≪週刊読書人2021年1月8日号掲載≫


『デカメロン2020』
著 者:内田洋子
出版社:方丈社
ISBN13:978-4-908925-69-6


イタリアの「前日」を日本の「今日」届ける

 ――二〇二〇年春というと、先行きの分からない重い空気と非日常感を思い出します。その頃、内田さんにご連絡することがあって、『デカメロン2020』のウェブ連載を知りました。

 内田 連載はイタリアに非常事態宣言が出された翌日の三月十日に始め、ロックダウンを緩めた四月二十八日に一応ひと区切りとしました。

 ローマで、ヨーロッパ初の感染者が出たのが一月三〇日、それからひと月後、イタリアはロックダウンに入ります。ジュゼッペ・コンテ首相は非常事態宣言発動の折に、「イタリアはヨーロッパの玄関である」と発言します。イタリアには、オリエント=東側からの入口として、異国から来るものを最初に受け入れてきた歴史があります。侵略を受け、一方では他国との貿易の恩恵にも与ってきました。かつてヴェネツィア共和国の時代にも、ペストが上陸しています。玄関口であるイタリアがウイルスを食い止めないことには、他のヨーロッパ諸国に蔓延して大変なことになる、とコンテ首相はその覚悟で非常事態宣言を発動しました。

 同じ頃、日本の政府は終始おろおろしていた印象があります。二月にはダイヤモンド・プリンセス号が、隔離のために横浜に停泊することになりました。船長はイタリア人で、被害を最小限に留めることに尽力したということで、その後イタリアで勲章を受けています。日本側では同じ出来事が批判の対象になりました。がコロナウイルスをよそごととして見ていたのではないでしょうか。

「隔離」という言葉を生んだのは、ヴェネツィアです。「quarantine(隔離、検疫)」という英語がありますが、その元となるのがイタリア語の「quaranta」で、「四〇」を意味します。歴史上被害が最も甚大だったといわれている一三四八年のペスト大流行を受けて、海運業で栄えたヴェネツィア共和国では、船を本島から離れた干潟で四〇日間待機させ、乗組員の中に病気の発症者が出なければ入港を許可する、という条例を発布しました。これが「隔離」のはじまりです。公衆衛生学もペストの体験から生まれています。

 日本では二〇二〇年、カミュの『ペスト』がベストセラーになりましたが、疫病文学の最初は、ボッカッチョ著の『デカメロン』なんです。

 今回の経緯を振り返ると、コンテ首相の「生きていたら、経済は必ず挽回できる。物事の重要さの順序を間違えてはいけない。まず人の命を守ろう。弱い人を守ろう」という発言は、公衆衛生学をもとにし、世界最初の疫病文学がイタリアで刊行されていた、ということがあったからだと思います。<つづく>

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★うちだ・ようこ=ジャーナリスト・通信社ウーノ・アソシエイツ代表。著書に『ジーノの家イタリア10景』(日本エッセイスト・クラブ賞、講談社エッセイ賞)『ミラノの太陽、シチリアの月』『イタリア発イタリア着』『イタリアの引き出し』など。翻訳書に『パパの電話を待ちながら』(ジャンニ・ロダーリ著)など。二〇一九年度ウンベルト・アニエッリ財団〈最優秀ジャーナリスト賞〉受賞。二〇二〇年度ブックシティ財団、イタリア書店員連盟、本の行商人連盟〈金の籠賞〉受賞。一九五九年生。