『世界の台所探検』刊行を機に

岡根谷実里氏インタビュー

〈世界の台所探検家〉として世界各地をめぐる岡根谷実里氏が、初の著書『世界の台所探検』(青幻舎)を上梓した。アジア、ヨーロッパ、アフリカ、中南米、中東と、一六ヵ国/地域のごく普通の一般家庭を訪ね、その土地ならではの料理を一緒に作り、会話した記録である。「料理から暮らしと社会がみえる」の副題通り、料理を通して見えてくる風景とはどのようなものだったのか。三百枚を越える写真とともに、鮮やかに蘇る。刊行を機に岡根谷氏にお話をうかがった。(編集部)
≪週刊読書人2021年1月22日号掲載≫

『世界の台所探検』
著 者:岡根谷実里
出版社:青幻舎
ISBN13:978-4-86152-820-0


料理が持つ力に目覚める

 ――岡根谷さんは、大学では「土木工学」を専攻されており、「技術者(系)」の仕事に進まれるのが一般的な選択だったと思います。それが一転して「料理」に関わる会社(クックパッド)に就職された。その経緯を、まずはお伺いできますか。

 岡根谷 「大きな転換だね」ってよく言われることがあるんですが、自分の中ではまったく変わっていないんです。そもそも学生時代から、人が幸せに生きられるようにしたいという思いがあったのと、知らない世界への興味が人一倍強かった。大学の時に土木工学を専攻していたのも、技術自体に関心があったというよりは、専門を通じて国際協力に携わりたかったからです。客観的に見て、課題が多いと思われている発展途上の国々がありますよね。そうした国の道路や水道、ガス、電気といったインフラを整備することによって、人々の暮らしがよくなれば、より幸せになれるんじゃないか。そう考えて大学の専攻も選んだわけです。

 その後大学院の時、オーストリアに留学している際、国連のインターンシップに応募して、アフリカのケニアの現場で働く機会を得ました。世の中を変えるためにはどうすればいいのか。やはり現場にいかなければ見えないものがある。ずっとそう思っていたんです。だから、ケニアでも、普通であればホテル住まいをしながらオフィスに通う生活なんですが、現地の人たちの暮らしを知りたくて、田舎の農家に三ヵ月間ホームステイさせてもらいました。その中で、それまで考えてもみなかったような貴重な体験をしたんですね。インフラが整うことによって、よくなる面もあるけれど、逆に人の生活が壊されて不幸せになってしまうこともある。小さな村だったんですが、ある日大きな道路が通ることになった。その道路をつくるために、家や学校、市場などに立ち退きが命じられた。トータルとして見れば、国の経済発展に繫がるし、小規模零細農家がマーケットにアクセスできるようになって、現金収入が増える。けれども、目の前の人たちが心の底から喜んでいたか。まったく逆の反応で、嘆き悲しみ、怒りをあらわにしている人がいた。結果的に、発展の犠牲になって不幸せになっている現実があるわけです。これが、本当に自分がしたいことであり、信じていた道だったのか。そんな疑問を少なからず抱くようになりました。

 そうした事態に直面しながらも、一緒に暮らしていると、一日の中で必ず笑顔になる瞬間があった。夕飯の時間です。全然特別な料理ではないし、御馳走でもない。だけど、一日に一回絶対にやってくる時間があって、それを自分の手で作り出すことができる。そして誰も犠牲にすることはなく、みんなが幸せになれる。この夕飯の時間はケニアの家庭も、日本の家庭も同じです。世界中の誰しもが等しく持つことができる。そこから料理というものが持つ力に目覚めたんですね。<つづく>

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★おかねや・みさと=世界の台所探検家。一九八九年、長野県生まれ。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、クックパッド株式会社に勤務。世界各地の家庭の台所を訪れて一緒に料理をし、料理を通して見える暮らしや社会の様子を発信している。クックパッドニュース、日経DUAL等で記事やレシピを連載中。また、全国の小中高校への出張授業も精力的に行なっている。訪問国/地域は六〇以上。