世界を映す、プリズムの深層へ

往復書簡 吉田喜重×舩橋淳

『まだ見ぬ映画言語に向けて』(作品社)刊行を機に

 二人の映画監督、吉田喜重氏と舩橋淳氏が、二〇一三年から対談イベントとして繰り返してきた対話が、一冊として上梓された。イベントシリーズと同タイトルの『まだ見ぬ映画言語に向けて』(作品社)刊行を機に、お二人の対話のつづきを、往復書簡の形でお願いした。

 本書の対談では、〈同時代の感性をいったん切り離し、映画とは何か、その深層に向かって問い続ける作業〉により、〈映画表現の持つ自己優位性とその欺瞞を問いただす〉こととなった。普遍的な「映画」というものを考えてきた対談につづくこの往復書簡では、より、年齢差と生きる時代の違いからなる差異の抽出を試みたい、との吉田氏の発案で、最初に舩橋氏から四つの問いが、吉田氏に対して投げられた。三つの応答を本号に、最後の一つの応答を、来週2月19日号に掲載する。(編集部)
≪週刊読書人2021年2月12日号掲載≫


ドキュメンタリーの虚構性と、
暴力と破壊を見せつける映画の加害性


 舩橋 長い月日を経てようやくこの『まだ見ぬ映画言語に向けて』を刊行できたことに大きな喜びを感じております。四十一歳の隔たりがある吉田喜重さんと私の対話は、お互いの生きた時代と環境の差異を浮き彫りにしつつ、同時代の影響を超えた普遍的な「映画言語」なるものは果たしてあるのか、それとも実はそのようなものは存在しないのか、この答えのないテーマに向け紡いでいった言葉の記録となったように思えます。

 いま出来上がった本を読み返してみて気づくのは、「映画言語」の本質的、根源的なものを照射しようと探求してゆく過程で、反対に吉田さんと私の生きた時代と環境の差異が浮かび上がってきてしまうという逆照射の現象です。

 今回は往復書簡の形で、異なる時代状況で映画に身を投じた二人の距離を言葉にしてみたいと思います。それらは映画における、また未知で、不透明な領域を照らし出すのではないかと期待しております。どうぞよろしくおねがいします。

 

 私から吉田さんへの質問は、四つございます。 一つ目の質問は……。

 映画は、戦争、原爆、震災など残酷な殺戮や破壊の映像を好んで見せつけるメディアであり、映画史は破壊と暴力の映像の反復といっても過言ではないかもしれません。この対話を通して、映画のエティカ(倫理学)はあるのか、ということが私の問題意識にありました。広島原爆の被爆二世として、幾度もピカドンの映像を見せられることに恐怖を覚えた僕は、映像の暴力性を意識せざるを得ない環境で生きてきたということがあるのかもしれません。破壊の映像を見せつけようとする欲望に対して、拒否感をずっと持ち続けてきました。9・11と3・11を両方体験し、ワールドトレードセンターの倒壊や津波の激甚被害の映像を見せつけつつ、「亡くなった方々は本当にお気の毒です」というメディアの制作姿勢には、偽善を感じずにいられません。被災の映像をこれでもかと見せつける映像の欺瞞に対し、Disaster Tourism(震災ツーリズム)という批評的語彙もありますが、映画において暴力と破壊を見せつける加害性について本書でも語り合いました。映画の持つ権力性とも深く関わるこの問題を、いま吉田さんはどう捉えていらっしゃるのか、伺いたいと思います。

 吉田 私は記録映画、ドキュメンタリーフィルムという概念に重大な疑惑、まやかしがあると考えています。多くの観客は記録映画、ドキュメンタリーは、事実あるいは真実を表現していると思っているでしょう。しかし私はたとえ記録映画、ドキュメンタリーフィルムであっても、フィクション、虚構であると考えています。何故ならそれを人間が作る限り、かならず作為、その人の思惑といったものが介入してしまう、あるいは介入せざるを得ない。それが人間の悲しい宿命というほかはない。私自身、それを目撃、実感した経験があるからです。

 私は舩橋さんを劇映画にはふさわしくない、記録、ドキュメンタリーの監督だと思っています。事実、舩橋さんは、自ら目撃したニューヨークでの9・11事件、アラブ人にハイジャックされた旅客機がワールドトレードセンターに自爆した悲惨な光景を記録したことに、ご自身の映画監督としての自覚、あるいは記録映画作家としての出発がある。しかし私自身はドキュメンタリー映画もしょせんフィクション、虚構に過ぎないと考えて、いわば「反ドキュメンタリー」の立場に立とうとしている映像作家です。

 そのように考えるに至ったのは、私自身が外国で制作され、発表された作品を偶然見る機会があったからでした。ヨーロッパ大陸の東に位置するバルカン半島は、南のギリシャやトルコのような面積・人口の規模を持たない数多くの小国から成り立っています。第二次大戦後、ソ連から距離をとって自主路線をとったチトーが、長年ユーゴスラヴィアの独裁者として君臨していたけれど、一九八〇年の病死以降、諸民族間の均衡が崩れ始めて、スロヴェニアやクロアチアの独立、ボスニアの内戦、ユーゴの最終的解体に帰結します。

 そうした状況下で制作されたドキュメンタリーを、見る機会がありました。その上映会場には戦火を交えている二つの国の大使も出席し、討論が行われた。その時、上映されたドキュメンタリー映画の一場面には、少年が銃弾を浴び、殺される光景があり、上映後に殺された少年の国の大使は、相手の国を激しく非難したのです。それにこたえる敵対している国の大使は、「あれは真実を撮影したものではありません。フィクションに過ぎない。撮影が終われば、その殺された少年は立ち上がって、一人で笑いながら歩き出すでしょう。あれは演じられた芝居に過ぎない」と抗弁したのです。

 この抗弁が物語るように、ドキュメンタリー映画といえどもフィクションに過ぎず、事実を撮影することは、少なくとも観客にとっては、虚構と判断されてしまうのです。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます



★よしだ・よししげ=映画監督。一九五五年松竹大船撮影所に入社。一九六四年独立。監督作に『秋津温泉』『エロス+虐殺』『戒厳令』『鏡の女たち』など。著書に『贖罪』など。一九三三年生。

★ふなはし・あつし=映画監督。監督作に『フタバから遠く離れて』『ビッグ・リバー』『ポルトの恋人たち』『ある職場』など。著書に『フタバから遠く離れて』。一九七四年生。