知の転換と持続可能な世界へ向けて

鼎談=山本哲士・矢野雅文・松下和夫

「知の新書」シリーズ(文化科学高等研究院出版局)創刊を機に

 文化科学高等研究院出版局より「知の新書」シリーズが創刊される。同院ジェネラル・ディレクターの山本哲士氏『甦えれ資本経済の力 文化資本と知的資本』、東北大学名誉教授の矢野雅文氏『科学資本のパラダイムシフト パンデミック後の世界』、京都大学名誉教授の松下和夫氏『気候危機とコロナ禍 緑の復興から脱炭素社会へ』、山本氏『哲学する日本』が二月末に同時刊行される。シリーズ創刊を機に鼎談していただいた。(編集部)

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≪週刊読書人2021年2月19日号掲載≫


知と科学技術の転換

 山本 本日はまず、同時に刊行される「知の新書」シリーズ三冊(+一冊)のおおまかなポイントを各人が説明し、次に日本の学術の現状、さらにそこからどう転換していけばいいかについて考えていきたいと思います。

 二〇世紀後半において、知の転換が大きく次のような段階で起こってきたことを改めて確認しておきます。一つ目は一九六〇年代の構造理論です。これは構造を解析する理論だと言われていますが、実際にそれが何をなしたのかはよく理解されていません。強調しておきたいのは、構造理論では、労働や言語などの、日常的になされている「実際行為」(プラチック)、その社会的な関係、心性、言説についての考え方が根本的に転換されていることです。しかし、多くの人が近代のターム・枠組みで構造理論を捉えてしまっています。構造理論への批判的対応で、第二に一九七〇年代、とくに教育理論や経済人類学において、既存の常識をひっくり返す考え方が出てきました。イバン・イリイチは教育や医療の制度化、産業社会の限界を指摘し、「非学校化」を提唱しましたが、フーコーやブルデューも教育理論を転移します。また、経済人類学は、贈与や互酬性の共同体内の親族との関係性から、近代市場の商品の社会関係性に切り替わってしまったことを問題にしました。

 三つ目は、一九七〇年代半ばから出てくるフーコーや社会史のセクシュアリティ論と、いくつものジェンダー論です。それと同時に、精神分析、社会史や文化史の領域でも理論的な転換が起きていますが、唯物史観やヘーゲル歴史学の転移です。そして第四に、八〇年代に理論的に集約され、私達の世代によって九〇年代にその理論的体系が出来上がってきます。理論転移の機軸はここまでに出尽くしていて、あとはその活用と深化です。

 近代知の体系に対するこのような転換が、日本の大学では理解されないまま、大学の制度や知が構成維持されています。私はこの数年「日本国際高等学術会議」を作り、海外の研究者とも交流しながら、このような知の転換や私の考えについて講義してきたのですが、その内容が長年付き合ってきた企業人や私への共鳴者に根本で理解されていない感想をもった。ですから、知の転換について理解を深めて、己と世界を了解できるために、その入り口を作ろうと思って、今回の新書シリーズを企画しました。

 私は学問の理論体系を考えてきましたが、その過程で、松下さんから、環境の重要性を、矢野さんからは、「自他分離」の物質科学に代わって、「自他非分離」の生命科学の考え方を教わりました。それと同時に、企業との協働研究をしてきたなかで、新たな学問的理論体系を企業の側がどうこなしていくか、あるいはどう拒絶するかを、意識的に見てきました。

 研究や活動を通じて、資本主義や資本を「悪だ」としている粗雑な考えに対し、「文化資本」概念から、商品経済とは違う「資本経済」の領域を見いだします。賃労働、商品経済、国民市場という状況に対して、そうではない仕方で、どのように生きていくことができるかが問題です。学校教育や大学で賃労働者へと形成されてきた労働者は、労働力を売り渡して、ある会社で我慢して働いていようとも、「資本者」として述語的に活動する領域にない限り生産性は上がらない。そしてナショナルな市場ではなく、場所環境の生活市場としての可能性を開くことです。そもそも、市場は経済の範疇ではないのに、商品経済のなかに取り込まれて、商品経済市場に転換されたのですが、実際それは規範化の「社会市場」でしかない。

『甦えれ 資本経済の力』では、同時刊行される『哲学する日本』で開削した日本文化資本の中に見出した「非分離・述語制・場所・非自己」の哲学転換をふまえて活用し、個々人が関係的に領有している「資本」の概念をポジティブに多様な形で捉え返し、商品経済が「商品・制度・社会」の三物象化の転倒マネジメントでしかない、そのことによって民族国家が成り立つ「社会づくり」の経済発展と社会統治の秩序が形成された、それが今や限界にあることを示しています。

 同時に刊行される新書について、生命科学技術の視点から主客非分離の論理世界のあり方をも考えている矢野さん、それから、世界を飛び回って地球環境の視点から気候変動・危機の問題に向き合っている松下さんにお話を伺っていきたいです。

 矢野 戦後の科学技術の転換点の一つは、一九五七年のソ連による人工衛星の打ち上げです。それに衝撃を受けたのがアメリカですね。そこからアメリカも科学技術の開発によりいっそう力を入れるようになり、理工系の学部・大学院を急速に増やしていきました。

 二〇世紀に起きた科学の画期的な発明は、一九二〇年代から三〇年代にかけて創られた量子論ですね。その後、一九七〇年代にカオス理論が出てきますが、それ以降、世の中をひっくり返すような大きな発見、発明はあまりないのではないかと思います。

 今まで日本の大学は、科学よりも技術の方に力を入れてきました。「物理帝国主義」という言葉が使われていたことからわかるように、物事の原理・原則を探究するのが学問だと言われていました。その応用としての工学が、科学技術の要請と結びついてきた面があります。戦後の日本では、一九五六年に科学技術庁ができ、やがて文部科学省に吸収されます。当時の科学技術庁が、プロジェクト型の研究開発を始めたんですね。それまで日本の大学は、好奇心に基づいて研究を進めていましたが、技術のウェートが大きくなっていくにつれて、目的志向型の研究に重点を置くようになりました。また、冷戦の終結を境にして、世界中で大きな変化がありました。それまでは軍事力が国力とされていましたが、冷戦終結後は経済力が国力とみなされるようになり、経済力を高めるために各国が競って科学技術に力を入れていきます。

 大学の役割の一つは、新しい学問を作ることにあります。しかし、日本の大学ではその役割はほとんど意識されていないと思います。二〇〇四年に国立大学法人化が行われ、「選択と集中」が掲げられるようになります。とくにそれ以降、利益に結びつきやすい実用的な研究、芽が出ている研究にはお金が優先的に分配されますが、科学の裾野を広げようとする動きはほとんど見られなくなりました。大学院重点化の政策もあり、理系の学問の間口がだんだん狭くなってきたように感じています。

 日本の自然科学は、物質科学が中心であり、物質科学をいかにうまく使うかを重視する傾向があります。その物質科学の方法論の限界を端的に示すのは、最近の例では車の自動運転です。自動運転をこれまでの物質科学の論理でやろうとすれば、失敗すると思います。我々を取り巻く環境そのものがものすごく複雑であり、客観主義的な近代の物質科学では、複雑な環境をすべて記述することができないからです。

 もともと生命は、自然との一体性の上に成り立っています。ですから、その一体性に見合う科学のロジックが必要です。私の言葉で言えば、自他分離ではなく、自他非分離のロジックです。現在の自然科学は因果律を前提にしていますが、我々が住み、活動している世界はそのようにできていません。自然科学および科学技術は、環境の特徴やその変化を取り入れるとともに、情報社会のあり方や意味論をも踏まえていなければならない。そのように考え、今回の新書にまとめました。


環境対策とヴィジョン

 松下 私の今回の新書のテーマは、人類が直面している現代的な課題である、気候危機とコロナ禍です。私は大学卒業後、環境庁(現・環境省)に入り、高度経済成長期に深刻化していた産業公害の問題に対処する仕事に取り組みました。一九七〇年代に入り、日本の政府と産業界の産業公害対策が、国際的に見ても効果を上げたと評価されるようになりました。ドイツなどから、日本の環境対策を知るために視察団が来ることもありました。当時のOECD環境委員会のレポートや、ドイツのベルリン自由大学マーティン・イエニッケ教授の研究でも日本が成功事例として取り上げられています。

 国際的に環境問題が注目され国連レベルでの初めての環境会議が開かれたのは、一九七二年のストックホルムでした。それから二〇年後、地球環境と開発をテーマに、一九九二年にリオデジャネイロで各国首脳が参加して「地球サミット」が開かれました。この会議を主導した考え方が、「持続可能な開発」です。これは、環境に配慮した発展によって、将来世代の利益を保全することを意味しています。

 日本は、公害対策では一定の成果を上げましたが、一九九〇年代以降注目を集めている温暖化などの地球環境対策では世界に遅れをとっています。日本はすでに省エネ先進国であり、これ以上温暖化対策をしてもコストがかかりすぎ、あるいは経済成長を阻害するといった言説が流布していました。ところが、近年では、EUなどを中心として、環境対策に投資をすることが、資本主義を生き延びさせる唯一の方法であるという認識が広がってきており、脱炭素への投資が経済成長戦略の中心となっています。日本でも遅まきながら昨年一〇月に菅首相が所信表明演説で、二〇五〇年に温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることを目指すと宣言しています。とはいえ、依然として日本では、従来型の個別技術偏向の発想によってこの課題に対処しようとしています。しかし現実には、デジタル化、サービス化、脱物質化、シェアリング経済などと言われるように、資本主義そのものが構造的に変化してきています。この変化を的確にとらえることにより産業構造を変革し、一定の財やサービスを得るために必要とされるエネルギーや資源の量をより少なくすることができる時代に入っています。

 今回の新書のテーマである気候変動とコロナ禍は、いずれも人類の生存に関わり、国際社会が協調して取り組むべき問題です。この二つの問題はいずれも、人とモノ、金と情報の移動の自由化に伴う経済のグローバリゼーション、および人口と経済活動の都市集中に深く関係しています。その背景には、無秩序な開発による生態系の変化、野生動物の乱獲があります。さらに新型コロナウイルス感染症の影響や被害は、高齢者や貧困層、途上国などに集中し、コロナ禍により、社会の格差・不平等が増幅して現れています。

 ですから、今後この二つの問題を同時に解決するような対策をとっていく必要があります。コロナ禍は緊急の問題として危機感をもって対処しなければなりませんし、気候変動は長期的に甚大な影響を及ぼし続けるため、いまから対策をとっていかなければなりません。つまり、私たちが目指すべきことは、パンデミックが起こりにくく、気候危機が回避できるような経済社会に速やかに移行することです。このような移行に関して、世界的には「グリーン・リカバリー」(緑の復興)、「ビルド・バック・ベター」(よりよい復興、創造的復興)という考え方が提唱されています。

 現在、莫大なお金が感染拡大の防止策とコロナ禍不況脱却のための経済対策に投じられていますが、経済復興策は同時に、気候変動対策やSDGs(持続可能な開発目標)の達成に寄与するものでなければなりません。その意味で先行しているのが、環境保全対策を通じて雇用と成長を生み出す経済システムへの転換を意図したEUの「欧州グリーンディール」です。EUはこれから、再生可能エネルギーや電気自動車の分野に多額の投資を行い、世界をリードしていくでしょう。

 また中国も、習近平国家主席が二〇三〇年までに温室効果ガス排出量を減少に転じ、二〇六〇年にはゼロにすると宣言しています。中国はすでに、風力や太陽光、電気自動車の生産が世界一位ですから、国際競争力をさらに強化しようとしているわけです。そしてアメリカは、バイデン大統領が就任し、さっそくパリ協定に復帰し、トランプ前政権で後退した環境対策を今後の最重要政策として取り上げています。

 日本でも、菅政権が二〇五〇年カーボンニュートラルを掲げ、グリーン成長戦略を策定し、洋上風力発電や水素エネルギーなどの個々の分野でも、高い目標が掲げられています。しかし、そこに欠けているのは、二〇五〇年に向けて日本社会全体がどのような未来を目指すかというビジョンとそれを達成するための具体的政策手段です。脱炭素社会への移行は人々に我慢を強いるものではなく、より豊かで夢のある社会を市民参加で作っていくことが重要です。そして、再生可能エネルギーなどの地域資源の活用や、地産・地消、省エネ・省資源化を進め、より多くの雇用を地域でつくることを通じて、質の高い暮らしと人々の幸福に貢献する経済システムへの転換を図ることです。また最新の技術を活用して新しいワークスタイルやライフスタイルの確立も期待されます。このような点を意識しながら今回の本を書きました。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます



★やまもと・てつじ=文化科学高等研究院EHESCジェネラル・ディレクター・教育学者・哲学者。東京都立大学人文科学研究科博士課程修了。博士(教育学)。元信州大学教授。『季刊iichiko』編集・研究ディレクターなども務める。著書に『文化資本論』『新版・ホスピタリティ原論』『吉本隆明の思想』『ピエール・ブルデューの世界』『ミシェル・フーコーの思考体系』『イバン・イリイチ』など。一九四八年生。

★やの・まさふみ=東北大学名誉教授・生命情報学。九州大学大学院理学研究科生物学専攻博士課程単位取得退学。博士(薬学)。東京大学薬学部助教授等を経て、東北大学電気通信研究所教授、同研究所所長を務めた。著書に『日本を変える。分離の科学技術から非分離の科学技術へ』など。一九四六年生。

★まつした・かずお=京都大学名誉教授・公益財団法人地球環境戦略研究機関シニアフェロー・環境政策論。米ジョンズ・ホプキンス大学大学院修了。環境省やOECD環境局に勤務、国連地球サミット上級環境計画官、京都大学大学院地球環境学堂教授などを歴任。著書に『環境政策学のすすめ』『環境学入門12 環境ガバナンス』『環境政治入門』『地球環境学への旅』など。一九四八年生。