大学の自治と学問の自由を守るために

鼎談=竹田扇・前川喜平・佐藤嘉幸

国立大学の学長選考とガバナンスの問題をめぐって

 一部の国立大学の学長選考・ガバナンス制度で、教職員らの「意向投票」が廃止されたり学長の任期制限が撤廃されたりするなど、様々な問題が噴出している。東京大学や筑波大学、旭川医科大学などの学長選考の問題が頻繁に報道され注目が集まっている。その現状と背景、課題や解決策について、竹田扇(山梨大学教授・司会)、前川喜平(現代教育行政研究会代表)、佐藤嘉幸(筑波大学准教授)の三氏に鼎談してもらった。(編集部)
≪週刊読書人2021年3月12日号掲載≫


国立大学の現状、法人法改定

 竹田 昨年より、国公立大学で学長選考や大学運営に関して様々な問題が起こっています。

 私の所属する山梨大学でも昨年、学長選がありました。山梨大学の今までの規定では、学長の任期が最長六年でしたが、今回さらに二年延長されました。その経緯がほとんど構成員に知らされないまま決まってしまいました。それに対して、昨年五月、私は学長選考会議に学内有志と共に意見書を提出しました。そこでは、再任前の学長の客観的な実績評価が必要であること、学長自らが学長選考会議の委員を任命する制度には権力を監視する機構がないことなどについて、問題を提起したのです。その後、山梨大学の内部ではあまり動きが見られなかったので、学長ガバナンスに関していろいろな方にご意見を伺いながら、より広く議論したいと考え、今回の鼎談を企画した次第です。

 これを踏まえて、まず佐藤さんから筑波大学の状況をご説明いただければと思います。

 佐藤 筑波大学では、二〇二〇年四月一日に教職員向けの通達が出され、学長の任期制限が撤廃されたと知らされました。学長には定年制も適用されないため、生きている限り学長を続けることも可能になります。また意向投票も廃止され、参考程度の意味しか持たない「意見聴取」に変更されました。つまり教職員の投票は単に「意見聴取」としてのみ行い、最終的に学長選考会議が新学長の選考権限を持つ。こうしたシステムに変更されたわけです。しかもこれらの決定は、学内で広く意見集約を行わず、学内民主主義を無視した形で行われました。

 竹田 意向投票が廃止されても「意見聴取」が行われることには、どういう意味があるのでしょうか。

 佐藤 おそらく教職員の意見の吸い上げも必要だという、教育研究評議会の判断により残ったものだと思います。ただし、あくまでも形式的なものです。

 こうした制度の変更は、筑波大学が独自に行っているというよりは、政府が進めている「改革」に沿ったものです。二〇一五年の国立大学法人法の改定、二〇一九年の「経済財政運営と改革の基本方針2019」(骨太の方針2019)で、そうした方向性が示されています。つまり、意向投票の無力化、任期制限の緩和または撤廃が、学長による大学の中長期的「経営」の観点から正当化されているということです。

 竹田 このような行政の手続きに関して、前川さんは「意向投票を無くしたり、軽視したりする風潮は学長の正当性を危うくする」(「毎日新聞」二〇二一年一月七日付朝刊)と述べていますね。国立大学の学長権限の強化、政府の意向に沿った大学改革の推進は、二〇〇一年の「(国立)大学の構造改革の方針」(遠山プラン)から始まっていると考えていいのでしょうか。

 前川 私は文部科学省にいましたが、長く関わったのは初等中等教育です。事務次官は教育行政全般をカバーしなければなりませんが、高等教育の行政に直接関わったのは係長のときの二年間だけです。そのことを前提にして、お話しします。

 二〇〇四年に国立大学が法人化されたころから、文部科学省の内部でも、大学のガバナンス改革や学長のリーダーシップの強化を進める雰囲気がありました。ただ、当初は、現在のような結果になってくるとはあまり考えられていなかったと思います。「法人化は失敗だった」とよく言われます。しかし、大学の独立性という観点に立てば、国立大学は文部科学省の附属機関のままでよかったのか、という問題もあります。

 一九九六~九八年当時の橋本龍太郎首相が、中央省庁再編を進め、その動きと合わせて国立大学の法人化も検討されます。国立大学側にも懸念の声はありましたが、一方で、当時の行政改革会議の委員である佐藤幸治さん(京都大学名誉教授、憲法学者)は、積極的に評価していました。法人化により国立大学が独立するのだから、大学の自治が一段高まる、と。

 そのとき行政改革の担当だった私も、そのように法人化の政策を捉えていました。しかし実際に法人化すると、財務省の縛りが強くなりました。法人化した国立大学の業務運営を効率化させ、毎年度1%ずつ運営費交付金を削減するという「効率化係数」が、財務省によって毎年度の予算に課せられたのです。それは「大学改革促進係数」「機能強化促進係数」と名前を変えて、十数年経った現在までつづけられている。その結果、法人化当初の二〇〇四年度予算で一兆二四〇〇億円あった国立大学運営費交付金は二〇二〇年度には一兆八〇〇億円まで減ってしまった。運営費交付金は「基盤的経費」を支える財源ですが、まさに国立大学の土台を支える財政基盤が弱ってきているのです。

 研究資金についても、全体に資金を等しく配分する運営費交付金が減ってきた見返りに、短期的な成果が出そうなところに資金を集中的に配分する、「競争的資金」が増えてきました。何がよい研究・教育かを、誰が判断するのかという問題が生じてきます。大学への資金の配分の仕方がそのように変わったことで、国立大学の基盤的経費がやせ細っていった面があります。文部科学省の内部では、大学の基盤的経費をどこまで削ってもいいのか、という問題意識はずっとあったのですが。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます



★たけだ・せん=山梨大学大学院総合研究部 医学域教授・細胞生物学・解剖学。訳書に『デカルト 医学論集』(山田弘明・香川知晶らとの共訳)。一九六八年生。

★まえかわ・きへい=現代教育行政研究会代表。元文部科学事務次官。日本大学文理学部で講師を務め、夜間中学での指導にも当たる。著書に『面従腹背』など。一九五五年生。

★さとう・よしゆき=筑波大学人文社会系准教授・哲学/思想史。著書に『新自由主義と権力』、『いばらき原発県民投票』(徳田太郎との共編著)など。一九七一年生。