誰の尺度の中にもいない自由さ

朝井リョウ デビュー十周年インタビュー

『正欲』(新潮社)刊行を機に

『桐島、部活やめるってよ』でデビューし、『何者』で平成生まれ初の直木賞受賞者となった朝井リョウさんが昨年、作家生活十年目を迎えた。三月末に新潮社より刊行された書下ろし長篇小説『正欲』は、〈作家生活十周年記念企画〉の一冊でもある。本書の刊行を機に、朝井さんに十年間をめぐるお話を伺った。※『正欲』の書評(三宅香帆さん)も同時掲載(編集部)
≪週刊読書人2021年3月26日号掲載≫


生きていけないと思った場所で

 ――昨年、朝井さんは作家デビュー十年目を迎えられました。振り返って、すぐに思い浮かぶことはありますか。

 朝井 皆言うやつですが、「この十年は長いようで、あっという間でした」ですね。『桐島、部活やめるってよ』で新人賞をいただいたときは、作家を十年続けられるとは到底思っていませんでした。だから、いま書き下ろしで単行本を上梓できること、本当に嬉しいです。

 すぐに思い浮かぶことといえば、小説すばる新人賞の授賞式ですね。歴代の受賞者や選考委員の方々と初めてお会いして、初めて〝文壇〟的空間に触れた日。強烈な記憶です。村山由佳さんには「どうして校長先生の話がつまらないかわかる?」と、しっとり質問されました。「分からないです」と答えると、「話したいことを話しているからつまらないの。誰にも聞かれたくないことを書きなさい」。この言葉と一緒に思い出すのは、村山さんのくるぶしにあったタトゥーです。その後、北方謙三さんの背中に、村山さんではない女性作家が手を差し込んでいる場面に出くわしました。その作家は私に、「この人の背中の毛を触ると、売れるんだよ」と仰いました。その後北方さんは「男には触らせないけどな」と続けました。二十歳前後だった私は、こう思いました。絶対にこの世界で生きていけない、と。で、帰り際ですよ。花村萬月さんに呼び止められて「今日聞いたことと全部反対のことをしろ」と言われたんです。チェックメイトです。

「誰にも聞かれたくないことを書く」「全部反対のことをしろ」などの言葉は、今でもよく思い出します。村山さんも北方さんも花村さんも、当時すでにレジェンドで、今も第一線で活躍されています。その方々とは全く距離が縮んでいる気がしませんが、絶対ここで生きていけないと思った場所に一応、十年間はいることができた。それが嬉しいです。

 ――『桐島、部活やめるってよ』刊行時、朝井さんのインタビュー特集を小紙に掲載しています(二〇一〇年五月七日号)。インタビューの最後に、朝井さんは以下のように述べていました。

「今は学生だから、学生の話しか書けないと思う」。「就職してきちんと働いて、社会からたくさんインプットして、どんな人にも共感してもらえる、広い輪っかみたいな話を書けるといい」。

 今と当時で、考えていることに違いはありますか。


 朝井 早稲田大学で取材していただいた記事だ、懐かしい! 今は、広い輪っかみたいな話を書きたいとは考えてないです。十年前の私は、学生の話しか書けないことがコンプレックスで、どの世代の人も共感できる話を書かなければと焦っていたんでしょうね。確かに数年前まで、「作家として視野を広げて、社会性のあるちゃんとしたものを書かなければ」と、結構真剣に思っていました。でも今は、狭い視野を狭いまま書き切ることのほうに興味があります。

 村田沙耶香さんの芥川賞の受賞スピーチが忘れられません。「私は人類にとって不都合な言葉を見つけてしまうかもしれません。それでも、見つけたら書くと思います」。おこがましくも、何かがすっごく腑に落ちたんです。私は今、「読者のために」というモチベーションで小説を書いていないんです。書けよって話ですよね、忙しい日々の中で「本を読んでいるときだけは現実を忘れたい」という方も多いのですから。でもなぜか、「この言葉が見つかったらお終いだ」みたいなものを、小説で見つけだしたくなってしまうんです。自分にとって不都合なことほど、文章にしたくなる。でもきっと、年齢を重ねていくにつれ、読者のために、次世代のために、という気持ちがわいてくるはずなんです。そうなるまでは、今のモチベーションで走れるところまで走りたい。十年後はきっと全く違うことを話していると思うので、この記事も取っておいてください。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます



★あさい・りょう=作家。二〇〇九年、『桐島、部活やめるってよ』で第二十二回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。二〇一三年『何者』で第一四八回直木賞、二〇一四年『世界地図の下書き』で第二十九回坪田譲治文学賞を受賞。著書に『チア男子!!』『星やどりの声』『もういちど生まれる』『世にも奇妙な君物語』『風と共にゆとりぬ』『どうしても生きてる』『発注いただきました!』『スター』など。一九八九年生。