歴史の知の伝達と継承のために

鼎談=成田龍一・小森陽一・戸邉秀明

成田龍一著『歴史論集』(全三巻、岩波書店)刊行を機に

 近現代日本史を専門とする成田龍一氏が、シリーズ『歴史論集』(全三巻、岩波現代文庫)を刊行中である(第一・二巻既刊、第三巻は七月刊行予定)。「史学史」という方法と領域、戦後日本の文学と思想を読み解く鍵となる「戦後知」という概念、そして災害やジェンダー、歴史教育との関わりなど、さまざまな歴史学の問題系が扱われている。刊行を機に、小森陽一氏、本シリーズ各巻の解説・編集協力を務める戸邉秀明氏と鼎談してもらった。(編集部)
≪週刊読書人2021年5月21日号掲載≫


歴史批評を書く契機/〈戦後知〉という概念


 戸邉 今回の『歴史論集』は、成田さんの一九九〇年代なかば以来の歴史批評を、今日の視点で編み直した選集です。①『方法としての史学史』、②『〈戦後知〉を歴史化する』、③『危機の時代の歴史学のために』(二〇二一年七月刊行予定)の全三巻の構成です。本日はこれを機会に、成田さんの歴史学のモチーフをめぐって、この四半世紀の文学研究などの人文諸科学の変化、さらには状況との関係を通じて議論できればと思います。

 近刊の第二巻が、その糸口になるでしょう。〈戦後知〉という概念、これを成田さんが著作の表題に掲げるのは初めてですが、実は成田さんの近年のお仕事を読み解く鍵、あるいは個別の論考の配置を決める、星座で言えば北極星の位置にあります。そこで、なぜ、いま〈戦後知〉なのか。そのあたりから伺います。

 成田 この論集の由来については第一巻の「まえがき」に記しましたが、一九九五年前後から、歴史学の外部を意識した文章を書くようになり、それを歴史批評と位置づけました。ここでの歴史批評とは、歴史を手がかりにして現在の位置や位相をはかること、また現在を批判する根拠を歴史のなかに探り議論することです。このような歴史批評を書くようになった契機は三つあったと思います。一つ目は、外国の(主にアメリカの)日本研究者と交流し、国境を越えて議論するようになったこと。二つ目は、専門を超えて、文学や社会学、人類学の研究者とともに、歴史をめぐって議論するようになったこと。そして三つ目は、歴史教科書の編集に携わり、歴史学の「知」の蓄積をどのように次の世代に伝えていくのかを考えるようになったことです。

 そうした歴史学の知を再検討する試みを続け、『歴史学のスタイル』(二〇〇一年)、『歴史学のポジショナリティ』(二〇〇六年)、『歴史学のナラティヴ』(二〇一二年)と、ほぼ五年ごとにまとめ刊行してきました。これらは時間経過に沿った編集でしたが、今回の『歴史論集』は主題別に編みかえてあります。また、二〇二〇年までの、単行本に未収録の文章も含まれています。

 今回の再編成は戸邉さんの見事な腕力によるものであり、いままで何を問題としてきたかを、私自身も鮮明に辿ることができるかたちになっています。状況に向き合いながら発言・執筆してきたことを、歴史論集として、より長い射程で考える枠組みを作ってくださり、大変ありがたく思っています。三巻は緊密に結びついていますが、入り口のひとつは〈戦後知〉という言葉です。〈戦後知〉とは、歴史家の安丸良夫さんが提示した概念です。それを私なりに翻案すると次のようになります。歴史批評は、長いあいだ「戦後」―「戦後思想」を参照系にしてきました。しかし、冷戦体制の崩壊から時間が経ったあとでは、それだけでは状況に向き合うことができず、「現代思想」を見る必要があります。さらに歴史学も、「戦後歴史学」から「現代歴史学」に向かっていきます。こうしたなか、冷戦体制=「戦後」、冷戦体制崩壊後=「戦後後」を包含する概念として、〈戦後知〉が提起され、私もそれを手がかりとしたのですね。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます


★なりた・りゅういち=日本女子大学名誉教授・近現代日本史。一九五一年生。
★こもり・よういち=東京大学名誉教授・近代日本文学。一九五三年生。
★とべ・ひであき=東京経済大学教授・近現代日本史。一九七四年生。