表裏一体の世界で生きるために

中村文則インタビュー

『カード師』(朝日新聞出版)刊行を機に

「もし僕に本当に占いの力があったのなら、別の人生があったのではないだろうか――」。

 作家の中村文則さんが朝日新聞出版より、長篇小説『カード師』を上梓した。朝日新聞の朝刊に連載された本作は、連載中に新型コロナウイルスが流行、コロナ禍の中での完結となった。予想もしなかった出来事が次々と起きる理不尽な世界で、〈占いを信じていない占い師〉であり〈違法カジノのディーラー〉の主人公は、いかに生きるのか。刊行を機に、中村さんにお話を伺った。(編集部)
≪週刊読書人2021年6月4日号掲載≫


カードをめくる行為と人生の共通点


 ――「カード師」は、二〇一九年十月~二〇二〇年七月まで朝日新聞に連載されていました。中村さんは讀賣新聞、毎日新聞、中日・東京新聞などでも新聞小説を担当された経験があると思います。新聞連載にあたり、意識していることがあれば、お話しください。

 中村 連載時の話ではありませんが、新聞小説と単行本は基本的に全くの別物だと考えています。一日に一話、少しずつ物語が進む新聞小説に対し、単行本は一気に読みますよね。読み方が全然違うので、新聞小説を単行本化する際はかなり加筆をします。具体的には、ちょっとずつ読むから面白い小説を一気に読めるよう、シーンを圧縮したり追加したり……。今作も、連載時と比べ加筆した箇所がいくつもあります。

 逆に新聞連載でも単行本でも同じなのは、執筆の方法ですね。どちらの場合でも、ある程度のプロットができると執筆を開始します。あらかじめ決めていた内容とは違う方向に進んだ方が面白い物語になるので、詳細なプロットは立てません。集中すると、その瞬間の記憶がなくなるスポーツ選手がいますよね。同じように、僕も自分が何を書いたのか覚えていないくらい集中して小説を書くことがある。ものすごく集中すると、無意識の領域に降りることができます。そして、その時に浮かんできたアイデアがとても良かったりする。だから、「カード師」も大筋のプロットが決まった段階で、連載をスタートさせました。

 とはいえ、別の新聞で連載していた『逃亡者』が終わってすぐ、また新聞連載開始だったので追いつめられていたのも事実です。正直、これはまずいと焦ってました。「どんな話になる予定ですか」と担当さんに最初に尋ねられたとき、「冒頭は拷問されるジャーナリストのシーンです」と答えた記憶があります。全然違う話になりましたね(笑)。最初の締め切りが近づけば近づくほど、アイデアを思いついた。やっぱり人間は追いつめられると、本領を発揮するのでしょう。

 ――『カード師』は、タイトルにもある〈カード〉がテーマになっています。執筆のきっかけや、テーマを決めた理由をお聞かせください。

 中村 占いや手品をテーマにした作品を書きたい。そんな思いは、以前から持っていました。僕は現実の世界がさほど好きではないので、この世界を変えてみたいという願望を心のどこかで持っています。非現実的なことを成立させる占いや手品は、その願望を少しだけ満たしてくれる手段の一つです。本当に当たる占いがもしあれば、人生における裏技だと思います。先のことがわかれば、自分の未来をいい方に変えることができるからです。手品も、普通であればあり得ない状況を出現させることができる。その瞬間だけは、現実から遊離させてくれます。

 それを小説にどう取り入れるか。今作の構想を練りながら考えていたときにふと、占いと手品には〈カード〉が共通していると気がつきました。タロットカードを使う占いや、トランプを使う手品は定番ですよね。カードを軸に物語を考えていくうち、「カードをめくる」という行為には人生におけるいろんな要素が含まれていると思いました。

 カードはめくるまで、そこに何が描かれているか分かりません。裏返して初めて、図柄を見ることができる。生きることに、どこか似ているような気がしました。たとえば、あの人はこういう人だろう。そう思っていたのに、話してみると全く違った。就職した会社でいざ働き始めると、想像とは違っていた。明日は楽しい一日になると思っていたら、そうじゃなかった。その時を迎えるまで、何が起きるか分からないのが人生です。カードをめくることと、生きることには、何か普遍的な共通点がある。そういう複合的な視点から、テーマを構築していきました。

 ――主人公の「僕」は占いを信じていない占い師で、違法カジノでディーラーとしても働いています。さらには、経営コンサルタントを称する得体が知れない謎の組織から、怪しげな仕事を依頼されることもある。「この人物」を主人公にした理由を、お伺いします。

 中村 占い師の話、ポーカーの話、手品の話とバラバラにすることもできました。ですが、〈カード〉という共通項があったので、一つの物語にできると思ったんです。そのためには、主人公にも多面性を持たせる必要があった。結果的に主人公を占い師でポーカーディーラーという設定にしましたが、執筆前は占いとポーカーは真逆のものだと思っていました。占いは先のことを知るために料金を支払いますが、ポーカーは何が起きるか分からないまま、お金を賭ける。正反対と思っていましたが、調べていくうちに両者には非常に似ている点があると気がつきました。

 ポーカーには、スロープレイというテクニックがあります。非常に強い手札を持っているのに、弱い手札を持っているふりをして相手を翻弄し、チップを釣り上げて利益を得る方法です。自分の勝ちがほぼ確定している状態のときに行う手法で、この場合、先の展開がほとんど読めています。一方、占いでは少し先の未来を教えてもらうことができます。近い未来、何が起きそうか知っていれば、その通りに物事が進んだとき、選択が容易になりそこには快楽も生まれる。ポーカーと占いは、未来を予測する点で重なるところがある。占い師でディーラーという設定は可能だと思い、「僕」の設定を決めました。 <つづく>

本編のつづきは以下で読めます


★なかむら・ふみのり=作家。『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー、『遮光』で野間文芸新人賞、『土の中の子供』で芥川賞、『掏摸〈スリ〉』で大江健三郎賞を受賞。著書に『何もかも憂鬱な夜に』『去年の冬、きみと別れ』『教団X』『あなたが消えた夜に』『私の消滅』『R帝国』『その先の道に消える』『自由思考』『逃亡者』など。一九七七年生。