日本経済の最前線での日々

原田泰インタビュー

『デフレと闘う』(中央公論新社)刊行を機に

 2015年3月~2020年3月まで日本銀行の政策委員会審議委員を務めた原田泰氏が、日銀内での経験やそこで考えたことを綴った『デフレと闘う 日銀審議委員、苦闘と試行錯誤の5年間』(中央公論新社)が刊行された。金融政策決定会合を通して日本経済の方向性を決定してきたひとりが著した日銀での日々は、一般にはなかなか知ることのできない貴重な証言の詰まった1冊だとも言える。

 本書刊行を機に著者の原田氏にインタビューをし、本書を読む上でのポイントなどを語っていただいた。(編集部)
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日銀審議委員という仕事

 ――本書はここ数年の原田さんの経済論説をある程度まとまった形で読むことができますし、普段我々が知ることのできない日銀の中のことを知ることができる面白さもありました。日銀の実態を知る上で顕著なのが原田さんが着手した改革、「メールの英文スペルチェック機能追加」、「構造失業率3.5%説の否定」、「講演原稿の図表挿入」、以上の3つが象徴的に紹介されています。

 原田 5年間日銀にいながら最終的に3つのことしか改善できなかったと、自虐ネタ的に書きました(笑)。そうは言いつつも「構造失業率3.5%説の否定」という改善は大きな成果だったのではないかと自負しています。

 ――一方、ほかのふたつは我々の感覚的には“今更”感がありました。そのほか日銀の中にいて一般企業や社会の感覚とのズレは感じましたか?

 原田 あれこれ書いて申し訳ない気持ちもありますが、近年の霞が関や大企業のスキャンダルなどと比べますと日銀は良い方だと思います。統計問題など、日銀が霞が関を改善しているところもあります。ここでも、わずかな改善に時間がかかるということだけですから。

 メールの話を補足すると改修まで4年間かかりました。それは、日銀では外部から侵入できないメールシステムを構築していますので、英文スペルチェックぐらいの改善でも次の大規模改修のときに一緒にするしかないからです。

 他の問題で、ここでお話しできるものをひとつ挙げるのなら、日銀には、民間シンクタンクが広く使っている経済データベースで入っていないものがあることです。このデータベースの便利なところは、新しいデータが発表されるとワンクリックでグラフが最新時点まで伸びることです。導入すれば便利だというと、「そんな外部のデータを使って間違っていたら困る。」という。「日銀だって間違えることはあるし、皆が使っているものだから、間違いがあったら誰かがすぐ気づくから大丈夫。」と言っても、導入には至らなかったことがあります。

 ――日銀審議委員のお仕事ですぐに頭に浮かぶのが金融政策決定会合ですが、本書ではそれ以外の会合などでの会話の場面がよく出てきます。そういった業務以外に審議委員というお仕事は普段どんなことをされていたんですか?

 原田 そうですね、まずはいろいろな局の職員からしょっちゅう「ご説明」があったのでそれを聞いていました(笑)。

 そもそも日銀審議委員というのは民間企業でいう取締役にあたります。だから取締役が行う業務を日々こなさないといけません。日銀は、5000人の職員がいて内外に51の支店、事務所がある大組織です。その組織に関し、重要な財産の取得及び処分、重要な使用人の選任などに関しての善管(善良な管理者)注意義務があります。膨大な資金の決済をコンピュータで行い、実際に現金を輸送しているのでそういった実務への善管注意義務があります。

 もちろん皆さんがご存知の金融政策決定会合がもっとも重要な仕事です。毎回の会合に臨むための準備が大切で、十分なリサーチを行ってきたつもりです。あとは政策を巡ってあれこれ言う人がいますからきちんと反論できるように考えを整理しておかなければなりません。そのためのメモを逐一作っていました。

 ちなみにそのときにまとめたメモの一部は、整理されて講演や論文などの公開情報になっています。それが本書の内容に反映しています。今でも十分な厚さですけれども、メモを全部網羅したらそれこそとんでもないページ数になったでしょう(笑)。とはいえ同じようなことを何度も考えているので重複が多かったし、メモのいくつかはすでに論文で発表しているのでそういうものはカットして引用文献に回しました。本書はあくまで日記ですからテクニカルな部分は極力参考文献に誘導して、本編はわかりやすい記述を意識しました。


「白い日銀」から「黒い日銀」へ

 ――本書の第1章と第2章では原田さんが日銀に入る以前の日本経済の分析、第3章以降が日銀時代のエピソードという構成になっています。この構成の意図を教えてください。

 原田 第1章と第2章は私が日銀に入る前の前史のつもりで書きました。なぜこれを書いたかと言うとバブル崩壊後、90年代以降、日本は経済成長率が低下し、徐々にデフレが進行していましたが、その原因は当時の金融政策にあった、ということを明らかにしておかないと今、日銀がやっている政策の意味が理解できないですからです。たまたま安倍前総理が従来の金融政策のおかしさに気がついて、第二次安倍政権下で信念を持って経済政策に取り組んだ結果が今に繋がっている、ということを書いています。

 第二次安倍政権成立直後に日銀の総裁が白川(方明)さんから黒田(東彦)さんに変わり、リフレ派の岩田規久男先生(当時、学習院大学教授)が副総裁に選ばれたということで、急激な変化が起きました。まさに「白から黒への大転換」だったのです。その時、私はまだ日銀にいなかったので、本書中では当時在籍していた審議委員の講演などを元にその頃の様子を再現した訳です。これはある日銀高官による有名な発言の引用ですが「我々は(審議委員も)サラリーマンですから、サラリーマンは、社長がプラズマテレビを作れと言えばプラズマテレビを作り、液晶テレビを作れと言えば液晶テレビを作るだけだ」と言っていました。当時の日銀審議委員の発言から、おそらく、あまり何も考えずに、こんな具合に適当にやっていたんじゃないか、という光景が浮かんでくると思います。

「白から黒への大転換」によるQQE(量的・質的金融緩和政策)も最初は劇的な効果があったのですが、2014年の消費税率8%の増税後は景気も鈍化し、結果的に現在も物価目標2%に達成できないままです。しかし雇用は目に見えて改善しましたし、自殺者数も減少しました。労働所得はわずかですが平等になり、財政も改善したのでそれなりにうまくいっています。それなのになんでいつもいつも金融政策に文句を言ってくるんだ、という話を全編通して書いてあります(笑)。

 ――第3章以降は1年1章で綴られています。2015年~2020年の各年の主要なポイントを教えてください。

 原田 どの年も色々なことを書いていてポイントと言うのも難しいのですが、私が日銀に入った2015年の頃は審議委員の中でも2%の物価目標を達成しなければならない、という共通認識が希薄でした。先程も言いましたが、審議委員というのは民間企業における取締役です。そうすると、取締役が会社の目的・目標を無視しているようなものです。そもそも物価目標2%は2013年1月に政府と日銀が結んだアコードに書いてあることですから、反対したいのであればそのときに反対すればいいのであって、その後でしなければいけない議論はどうすれば物価目標2%に到達できるか、ということです。それにも関わらず相変わらず反対意見が出ていて、その全ては理論的にも実証的にもナンセンスなものだった、ということを紹介しました。

 翌2016年は消費増税で悪化した景気を立て直そうと採用したマイナス金利政策は政策としてあまり宜しくなかったと書いています。なぜ宜しくなかったかというと、世の中の人たちがマイナス金利政策にネガティブな印象を抱いてしまったからです。我々は世論の感じ方をもっと大事にするべきでした。

 2017年になると多少景気がよくなったのでそれに伴って金融緩和の出口の議論が盛んになりました。出口とは緩和を止めるということです。しかし景気がちょっとでもよくなった途端に出口に行って失敗していたのが今までの政策なので早めの出口論に対する反論を書いています。それに関連する話題で金融政策の本末転倒論も書いています。本末転倒論とは、低金利状態のまま次に不況に突入すると金利を下げるという対応策が打てなくなるから景気が少しでも持ち直したら金利を上げて備えておけ、という議論です。要するに未来の不況に備えるために今不況にしろ、という議論で、まさに本末転倒です(笑)。

 2018年の章ではマスコミのリフレ嫌いを書きました。例えば朝日新聞が金利を上げて銀行を助けるべきだ、というようなことを言っています。朝日は左翼で労働者の味方だと思ったら独占金融資本の味方だったんですね。なんでこんな論調になるのかというと、マスコミは白川総裁以前の「白い日銀」にいた人たちや銀行の話をよく聞いていて、そういった意見を鵜呑みしているのではないか、という話を書いています。

 2019年は消費税率10%への増税です。増税はダメだと思いながらも結局増税してしまった。景気が悪化すれば低金利状態を維持せざるを得なくなり、銀行は相変わらず儲からないままです。

 2020年は3月末の退任までの内容ですが、なんといってもコロナショックです。ただリーマン・ショック時のような円高・株安にはなりませんでした。なぜかと言えば私の退任直前の臨時会合でQQE拡大を決定し、その後も拡大策を続けたからで、効果を発揮しました。不況のときにQQEの拡大で対応するという政策は正しいかった、ということが改めて証明できました。


反リフレ派(デフレ派)と闘う

 ――本書のタイトル『デフレと闘う』は2018年に原田さんと同じリフレ派の安達誠司さんと飯田泰之さん共編『デフレと戦う』(日本経済新聞出版刊)とほぼ一緒ですが、あえてこのタイトルにしたのはどうしてですか?

 原田 出版社がこのタイトルを提案してきたからで、あまり意味はないんです(笑)。漢字を1字変えて副題に全く違うものをつけたから別ものだとすぐにわかってもらえるでしょう。一番は、本の内容がこのタイトルのままだと思ったからです。厳密には「反リフレ派(デフレ派)と闘う」という中身ですが、さすがにこれですとまずいかなと思って、出版社案に従いました。

 ――確かに一貫して「反リフレ派との闘い」が描かれています。一方、あとがきで「本書は、私の説得の失敗の記録である。」と書かれていますが、具体的にどういった人たちが説得困難だったのでしょうか。

 原田 代表的なのはリフレ政策を嫌がっている民間金融機関と親しい金融学者たちですね。彼らは銀行、正確に言えば、銀行の債券運用者の言い分を代弁していました。そもそも奇妙な経済学の理解をしている人たちですので、説得は困難でした。むしろ金融学者のような玄人筋ではなくそれ以外の人たちのほうがリフレ政策を評価してくれました。なぜかと言うと金融緩和で雇用が格段によくなりましたので、自分自身や身の回りの人たちの就職状況がよくなったことで、経済政策の効果が実感できたと思います。あとマイナス金利政策に関しても金融学者よりも畑違いの政治学者のほうが理解してくれました。ではなんで金融学者が自説を改めないかというと、それまでの「白い日銀」の政策にコミットしていたこともあって、今さら「黒い日銀」に転向できないのでしょう(笑)。そういう意味では政策などにコミットしていない素人の方のほうが直感的に理解して賛同してくれた傾向が強かったと思います。

 話がちょっと脱線しますが、新型コロナワクチンも最初の頃は国民全体の4割くらいがワクチン懐疑派でしたけれども、接種後の効果が広まった結果、大多数の人が接種を望む、という空気ができてきました。すると当初は懐疑派だった人たちも次第に賛成に回って、今となっては反ワクチン派は2割くらいに減ったんじゃないでしょうか。そうやって情報が正しくアップデートされていけば次第に人々の気持ちも変わっていくことの証左ですね。

 ――説得が難しかった一方で日銀内での考え方の変化というのが本書から読み取れます。

 原田 私が日銀に入った頃にはQQEですでに動きはじめていたわけですから、流石に現場的には成功しないとまずいと思っていたでしょう。あと若手職員は「白い日銀」時代にコミットしていないから、今の方向で進んでいくことに対してもOBたちに比べて抵抗は少ないのではないでしょうか。なにせ今のやり方なら物価目標は達成できないながらも雇用は改善出来ているので致命的な失敗にはならないですから。

 そうやって低空飛行ながらも経済回復の目がでてくると今度は「今のままだと将来大変なことになるから出口に向かえ」と言うエコノミストが出てくる。そういった人たちの主張を認知的不協和、あるいは岩石理論と紹介しています。認知的不協和とは、QQEで経済は良くならないという自分の強い認識に対し、現実に経済が改善しているという事実を突き付けられたとき、その事実を否定、または、今は良くても将来必ず悪化すると主張して、不快感を軽減しようとすることです。また、岩石理論とは、坂に大きな岩があって道を邪魔している。しかし、岩を動かそうとしても、なかなか動かないのだが、いったん転がりだしたら止まらない。だから、岩を取り除かない方がよい、金融緩和をしない方が良いという議論です。

 そうやって将来不安を煽ればリフレ嫌いのマスコミが取り上げてくれますので、エコノミストたちもしばらく食いつなげる、という図式が成立します。

 ――現政策委員会委員の顔ぶれを見るとだいぶリフレ派のメンバーが増えたと思います(若田部昌澄副総裁、片岡剛士、安達誠司、野口旭各審議委員)。今後の日銀の政策に望むものはなんでしょうか?

 原田 まずは今の政策を継続することです。かといって、今の政策を続けて物価目標2%を達成できるかというと正直言って難しいでしょう。なぜなら2回の消費増税という人為的な負のショックがありましたし、他方でコロナショックのような不可抗力のようなことが起きているわけですから、なかなか上手くいかない展開が続くでしょう。できれば、現在の金融政策の効果をさらに強めるように工夫していただきたい。一方、デフレ派のエコノミストの主張に従ってこの路線をやめたらたちまち円高・株安になって景気が悪化します。すると中小企業の倒産が相次ぎ、融資を行っている銀行の不良債権が嵩んで、再びデフレになってしまう。一方で、今の政策を続けていけば、やがて雇用が逼迫して賃金が上がり、そして物価が上がる、という流れがでてくるでしょう。とにかくこの状態を維持することが大事です。幸いなことに新型コロナワクチンが世界的にもだいぶ出回って各国の景気回復が見えてきているので、日本もその追い風に乗れれば少しずつ経済の立て直しが出来ていくと思います。(おわり)


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★はらだ・ゆたか=★はらだ・ゆたか=名古屋商科大学ビジネススクール教授。経済企画庁国民生活調査課長、調査局海外調査課長、財務省財務総合政策研究所次長、株式会社大和総研専務理事チーフエコノミスト、早稲田大学政治経済学術院教授、日本銀行政策委員会審議委員などを経る。著書に『日本の失われた十年』『日本国の原則』『震災復興』『ベーシックインカム』『石橋湛山の経済政策思想』など。1950年生まれ。