実験と交流、言葉のもつ可能性

対談=篠原和子・宇野良子

『実験認知言語学の深化』(ひつじ書房)刊行記念



 東京農工大学教授の篠原和子、宇野良子両氏の編著『実験認知言語学の深化』がひつじ書房より刊行された。刊行を機に、編者のお二人に認知言語学の研究の魅力、実験的手法の広がりについて対談していただいた。(編集部)



認知言語学は実験を取り入れていくべき分野

 篠原 二〇一三年に宇野先生と共編で『オノマトペ研究の射程 近づく音と意味』(ひつじ書房)を刊行しました。これは言語学だけでなくいろいろな分野の方々にも好評でした。そのあとに、ひつじ書房さんから実験研究について一冊作りませんかというお話をいただき、宇野先生と相談して本書の企画を立て、執筆者や構成を考えていきました。

 私は以前から、認知言語学は実験を取り入れていくべき分野だと思っていました。実験研究は、認知科学の成果を取り入れて研究するという認知言語学の理念とも合致しますし、宇野先生も私も認知科学会や人工知能学会に早くから参加していて、実験研究にそれなりになじみがあります。

 元はといえば、博士論文の審査の際、副査の心理学の先生に、私の扱った言語学のデータを「これはデータとは呼ばない」と言われて驚き、それがきっかけで心理学の実験方法論に関心をもつようになりました。従来の言語学では、例文を考え、それが当該言語の表現として容認可能かどうかを評定したものは、ファクトとして扱われますが、実験的データというのはそれとは異なるわけです。

 また科学哲学にも興味があり、学生時代は村上陽一郎先生の講義を聴いたりして、言語学で使うデータは自然科学でいうデータとは違うという認識をもちました。ある文が文法的に正しいか、容認可能であるかという判定には、どうしても主観が入るからです。だとしたら、実験的方法を言語学に意味のある形で取り込むにはどうしたらよいか、と考えるようになりました。心理学的実験は、自然科学と従来の言語学の中間あたりにあると思います。

 一方、二〇〇〇年頃から、国際認知言語学会で実験を使った研究が増えているのに気づきました。この動きは日本にも入ってくるだろうと思っていましたが、国内での変化は遅々たるものでした。時間はかかりましたが、コーパスを含め量的研究に関心をもつ人が最近は増えてきており、本書を送り出す意味も見いだせるようになりました。


計量的に示すことで他の分野とシェアできる

 宇野 私は言語情報科学という専攻で博士課程を終えた後、同じ東京大学の駒場キャンパスにある理学系の研究室に、博士研究員として数年間所属しました。人工生命、認知科学を専門とする池上高志先生の研究室です。さらに、「融合科学創成ステーション」というプロジェクトのメンバーでもあったため、様々な理学系の分野の研究者と交流する機会がありました。当時は、認知言語学のアプローチで「話者の主観性」について研究していましたが、言語学の外に出ても、この研究内容に興味をもってくれる人が多くいることを知りました。ですが同時に、その「主観性」をどういう方法で測れるのかが明確にならないと、自分が何をやっているのか、理学系の人たちにわかってもらえないと気づきました。そのとき、量的データを示すことで自分の研究を沢山の分野の人とシェアできる可能性が開けることを感じました。

 実験には、仮説検証型の手法だけでなく、本書で佐治伸郎さんが述べているように「探索的手法」もあります(佐治「理論とデータはどのようにつながるか:認知言語学における仮説検証的手法と探索的手法」)。所属していた研究室が中心的に行っていた人工生命の研究がまさに探索的で、生命とは何かをわかるために生命をつくろうとする、構成論的アプローチでした。私もそこから、言語の構成論的アプローチも試みるようになりました。

 理論言語学で二〇世紀後半に隆盛を極めた生成文法理論は、言語は言語だけで独立していてほかの認知活動と関係していないという立場に基づいています。それに対し認知言語学は、言語と他の認知活動がどのような仕方で相互に関係しているかを明らかにすることを目指しているので、認知言語学が言語以外のデータを参照することは、自然なことだと思います。そして、言語学で提案された理論を確かめるために仮説検証型の実験をするのも大事ですし、一方で、今まで論じられてこなかった新たな問題を発見するために探索的な手法を用いるのも同じように重要だと思います。それにより、認知言語学自体も本来の目的に合わせて成長していけるでしょう。

 先ほど、数値化することで、他の分野とシェアできる、開かれた公共性のある学問になるということを言いましたが、さらに、探索的アプローチも認知言語学に取り入れていくことで、もっと自由な発想で研究を進めていくことができるのではないかと思います。数値化することで、本質が失われるのではないか、という懸念を持つ人がいるのもわかりますが、むしろ本質に迫るために数値化するということも可能だと思います。

 本書が、自分で実験をしない人にも、実験的手法や成果をどう活用していったらいいかを考えるきっかけとなり、量的研究が開く可能性の面白さに触れる手がかりになれば何よりですね。


量的研究で幅を広げる/柔軟に共同研究を捉える

 篠原 そうですね。本書のタイトルには「実験認知言語学」とありますが、実は純粋な実験に限定はせず、「量的研究」を広く扱っています。コーパス研究も量的研究ですが、実験とは違います。宇野先生が触れられたように、実験には仮説検証型と探索型があり、仮説検証型は最初から何を証明するかを設定しますが、探索型は何が出てくるかオープンにした状態で実験します。認知言語学ではこれらすべて可能です。最近はとくにコーパス研究の広がりが目覚ましいですね。

 もっと広く見ると、量的研究のほかに質的研究があり、これは文学作品や歴史解釈などのように数量に還元できないものが対象です。質的に言語を研究することももちろんできますし、そういった研究も重要ですが、認知言語学は今後、量的研究を進めて幅を広げていくことが期待されます。そういう研究を自分で展開できる若手研究者が育っていってほしいですね。

 宇野 若手の研究者が量的研究を自分自身で展開できるようになるのも素晴らしいですが、コーパスも扱えて、実験もでき、統計に加え、言語学の知識もしっかり持っているということをすべて満たすのはなかなか難しいことです。それでも、それぞれの強みと力を入れている部分があると思います。その場合には、自分に足りないスキルを持っている人と共同研究をする道もあります。場合に合わせて、手探りで進めなければいけない部分もどうしてもありますが、共同研究には一般的にどういうパターンがあり、どういう共通認識があればいいのかを知っておくことも大事だと思います。

 篠原 まったくその通りです。私も共同研究を通じてそう感じてきました。実験的手法が使える研究者と組むとどういう研究ができるかを、ある程度知っていることが、強みになります。どういう分野と関わり、どういうプロを見つければ、どんな研究が組めるのか。そこがわかってくると共同研究が進めやすくなります。

 宇野 人文系の分野では、共同研究が必ずしも推奨されない傾向があります。単著が一番すぐれているという見方です。共同研究では責任の所在が曖昧になったり、全員が必ずしも細部まで把握できていなかったりする、という懸念はわかります。しかし、一人の人間ができることにはやはり限りや偏りがあるのも事実です。分野全体としては、むしろ共同研究を増やして、互いの足りない部分を補っていくことも必要です。

 篠原 歴史的に、人文系の学問の王様は哲学だとすると、哲学研究は、誰の言葉であるか、誰の思想であるかを最重要視しますよね。思想と表現とが密着していて、分かちがたく結びついています。二人以上が共同で創る哲学思想というものは、ほとんどありませんよね。個人の思想という伝統が、人文系には強いのではないかと思います。

 理工系の分野はそうではなく、個人の主観性が排除され、研究内容を量的に示すことで共同化が容易にできます。そこがやはり大きな違いです。

 宇野 ここまでは、認知言語学にもっと量的研究を取り込む必要性をお話ししてきましたが、一方で、言語学の人文科学的な側面は大切にすべきだと考えています。個別の実験は共同研究で行うとしても、長期的には、それらの研究の成果をひとつの視点で「言語観」としてまとめていく必要もあります。ですから、どちらか一方を選ぶことでもう一方が失われると捉えるよりは、もっと柔軟に共同研究を捉えることができればなお良いと思います。

 かつて、留学先のカリフォルニア大学サンディエゴ校で、認知言語学のR・W・ラネカー先生が「言語学は最終的には人文科学の学問だ」とお話しになるのを聞き、納得しました。数値化できない部分を切り捨ててしまうと、当然のことながら、言語の姿が歪んでしまいます。それは避けるべきです。ただし、日本の言語学、認知言語学では、まだまだ数量化できるのにしていない部分があったり、質的研究と量的研究が完全にすみ分けをしてしまう傾向があったりします。大切なのは、身動きがとれなくならないよう、新しい可能性を常に開拓することを忘れないようにすることです。


オノマトペ研究の反響/共通の言葉で他分野と交流

 篠原 そのほうが、いろいろな分野の人に、認知言語学に興味をもっていただく機会も増えますよね。共通の言葉を探し出し、ほかの分野の研究者にも通じる言葉で発表することがとても大事です。言語学者、とくに認知言語学者にしかわからない言葉で話していると、異分野の方と意見交換ができません。共通の言葉でやりとりすれば言語学者にも気づきが生まれ、言語学自体も発展するし、こちらからも貢献することができます。とくに『オノマトペ研究の射程』の刊行後、いろいろな分野の方からアプローチがあって、そのことを痛感しました。食品工学の研究者からも連絡がきました。日本獣医生命科学大学の小竹佐知子先生です。そこから共同研究が動き出しました。

 宇野 収集したものの手付かずになっていたオノマトペのデータを持ってきてくださったんですよね。その後、一緒に分析をして、国際学会や論文でその成果を紹介しました。いろいろな固さのお煎餅を食べてオノマトペで表現してもらったデータが面白く、追加で音象徴の実験なども行いました。

 篠原 そのおかげで、音象徴に言語差があると気づいたのですよね。お煎餅の食感研究を国際学会で発表したときです。「ぱりぱり」と「ばりばり」では、英語の人は「ぱりぱり」のほうが固いと感じる、というのを聞いて驚きました。

 宇野 そうなんです。それならば、インド・ヨーロッパ言語はすべて「ぱりぱり」のほうが固いかと思いきや、ポーランド語の人は日本語話者と同じく「ばりばり」のほうが固いと言っていました。

 篠原 この言語間の違いは、今、プロジェクトを組んで研究しているところですが、きっかけはお煎餅でした。

 宇野 わかりやすく言うと、日本語と英語だと、「ぷ」と「ぶ」の音で固さの認識が違うということになりますね。それなら、日本語を獲得する前の赤ちゃんはどっちなんだろう、と気になりました。そこから、現在は、乳幼児の研究をしている同志社大学の小林耕太先生と一緒に、乳幼児がどのように音と意味を結びつけていくかを調べる研究を行っています。この夏、日本赤ちゃん学会と日本神経科学大会で、その共同研究の成果が発表されました。

 こんなふうに、食品工学、赤ちゃんの発達研究など、いろいろな分野の人が言語を扱っていて、認知言語学との共同で面白い研究ができることがわかりました。新しいつながりがどんどんできていくというのがとても楽しいです。

 篠原 本当に思わぬ広がりがありました。食品工学では、食品のパッケージに「カリッと」などのオノマトペを書いておいたら食べたときの感触が変わるのか、という共同研究もしましたね(笑)。

 さらに、同僚の田中秀幸先生というスポーツ健康科学の専門家が私たちの本を読んでくださり、同じ関心を共有していたことがわかって、言語音が身体動作とどう関係するか、スポーツ指導に言語音を活かせるか、というテーマで共同研究が始まりました。

 実験や量的研究をすることの利点のひとつは、それを理解できる人が他の分野にたくさんいるということです。

 宇野 近年は、山縣良和さんや坂部三樹郎さんをはじめ、ファッションデザイナーの皆さんと一緒にお仕事をする機会も増えていて、アートやファッションデザインのような言語以外の創造的活動に、言語学の分析を応用することも試みています。デザインやアートの分野との共同研究では、対象を数値化しないこともあります。分野ごとの特徴がいろいろですね。


実験結果と試行錯誤/認知言語学の社会的側面

 篠原 そうですね。それと、数値化すれば必ずうまく行くわけではありません。実験はしばしば失敗します。ただ、実験でネガティブな結果が出ても、枠組みや世界観が覆されるとはかぎりません。むしろ、予想どおりの結果が出なければ、実験方法が悪かったのか、別の要因があるのか、などいろいろと考えます。そこから新しい発見が生まれてきます。実験に慣れていないと、失敗を重くとらえてしまいがちですが、何回も試行錯誤して、原因を究明するほうが、実はメリットがあるんですね。

 宇野 私もそれを実感しています。実験って、当たり前のことを確認するだけなのではないかと言う人もいますが、当たり前と思っていた結果にならないことが多いですね。単なる確認作業になることはほぼありません。いろいろと考えることが出てきます。おそらく、研究対象の言語自体が複雑なものだから、実験も簡単にはいかないという面もあるのでしょう。個別の実験に対してもですが、言語学や言語についての考察も広がります。

 篠原 もうひとつ触れておきたいのは、本書の吉川正人さんのチャプターです(吉川「認知言語学の社会的転回に向けて:「拡張された認知」が切り開く認知言語学の新たな可能性」)。本書のなかでは異質に見えるという人もいるかもしれませんが、この章は、言語の社会的側面に触れている点が重要なのです。
 
 ステレオタイプな実験のイメージは、余計なものが一切入り込まないようにし、純粋にある要素だけを取り出して分析するというものでしょう。物理学で真空状態をつくるような。生物学の実験でも、たとえば遺伝子や細胞を試験管に入れたりして環境から切り離して調べます。ですが一方で、生態系の中においたときには、実験室で見たものと違うものが見えることがあり、それら両方が重要であるという認識があると聞きました。両方を見なければ生命の本質が見えません。要するに両輪なんですよね。

 本書にも、実験室とその外側である社会の両方が入っています。実験も重要ですが、言語を社会のコンテクストの中に置いて見ることも重要です。その両方を見ていかなければいけないというのが、本書のアイディアであり、それが構成に反映されています。
 
 宇野 そうですね。本書の第2部で大谷直輝さんも、認知言語学の今後の発展として社会的転回が必要であると述べています(大谷「認知言語学におけるコーパス研究」)。このように、本書ではいくつかの章で繰り返し述べられているメッセージがありますね。

 認知言語学は、まだまだ個人の心の中の言語を扱う研究が多いですね。そのような研究では理想的な状態が前提となっている場合がほとんどです。篠原先生がおっしゃったように、社会の中に位置づけられた言語という側面に光を当てていくことが今後の課題ですね。

 最初の方でも言及した、心理学者の佐治さんが執筆されたチャプターでは、各種実験手法を批判的に検討しています。コーパスと実験を包括するかたちでさまざまな量的研究を本書で扱っているわけですが、本書に載っているこれらの方法をもクリティカルに見る視点を、佐治さんのチャプターは提供しています。この本全体を通して、読者それぞれが考えるきっかけがいろいろと見つかるといいな、と思います。


装画イメージと回文の実験性/言葉の音や形に着目

 篠原 表紙の装画にもこの本のモチーフが表現されていますね。
 
 宇野 はい、書籍にするにあたって表紙は大事だと思い、いろいろと話し合いました。ここまで述べてきたような、現在の実験認知言語学のイメージが、一目でわかるような装画を目指しました。
 
 装画を担当してくれたアーティストの河村美雪さんに、本書のテーマについてお伝えしたことは二点ありました。ひとつ目は無機物と有機物の融合です。実験のプロセスは無機的かもしれませんが、そのことによって、生モノである人間の言語知識の本質を明らかにすることが実験の目的であり、これらは切り離せない二側面です。ふたつ目は、実験的手法による研究は決して表面的なものではなく、言語学自体を豊かにしていくもので、実験と理論は、つながりがより深まってきているということです。このようなイメージをコラージュで上手に表現してくれたと感じています。
 
 篠原先生も私も、物体としての書物にも愛着があります。紙の本として残り、図書館に所蔵されるということは、書き手に喜びを与えてくれますね。
 
 もうひとつ注目してもらいたい点があります。本書の冒頭の一頁に、篠原先生がお書きになった詩のような文が載っていますが、これは実は回文になっています。並んでいる文字を両方向にじっくりたどることで、味わいが増してくることがあると思います。篠原先生は回文をいくつも作っていらっしゃいますが、こんなに長いものを書くことができるのはすごいですね。回文になっているばかりでなく、本の内容も、出版された時期の記憶もこの文章の中で描かれています。
 
 篠原 私は二〇代のころから回文の詩を現代詩の同人誌に書いたりしていたので、慣れているんです。
 
 宇野 篠原先生の回文は上手すぎて誰も気づいてくれません(笑)。
 
 篠原 こういうことをしているのは、言葉のもつ可能性、人間の言語能力はどこまで拡張できるのかということに関心があるからです。文法的な枠を外し、文法的でなければ意味が通じないという通念を壊して何ができるかが、現代詩の実験では試みられます。文法と意味の破壊ですね。言葉で遊ぶというとき、文法や意味がふつうに受け取れる状態からずれるのですが、そこで微妙に成り立つ何かに興味があるんです。ですから、実は、回文の言葉遊び性と、認知言語学の学術的な内容は、密接に関わっているんです。
 
 宇野 まさしく。私自身が書いたチャプターでは(宇野「新しい「語」をつくる実験認知言語学:人工言語・ファッションデザイン・オノマトペの分析から」)、言葉の意味というよりは言葉の音や文字の形が気になって、そこから新しい言葉が作られる、その創造性に焦点を当てて研究しています。回文のように後ろからでも読めるということに驚きを感じてしまう人間の特性は、たしかに研究につながりますね。
 
 本書を手に取ってみて、ぜひ篠原先生の回文を読んでみてほしいですね。本だからこそ、余剰をつくることができます。本書に書かれている研究の内容の記憶と、表紙や回文の詩の記憶が一体化することにも意味があると思っています。
 
 篠原 前書『オノマトペ研究の射程』と比べると、本書は難易度がやや高いかもしれません。前書はコンテンツに関わりますが、今回の『実験認知言語学の深化』は方法論に焦点を当てています。関連する本としては、ひつじ書房さんから、川原繁人さんの『「あ」は「い」より大きい!? 音象徴で学ぶ音声学入門』という本も出ていますが、この本は高校生も読める一冊で、具体的でわかりやすい実験を扱っています。本書では、秋田喜美さんたちの章(秋田・マクリーン「音象徴知覚の日英対照:意味地図による検討」)が、川原さんの本と同じ音象徴の実験研究を紹介したもので、『オノマトペ研究の射程』との共通部分もあるので、読み始めるのには丁度いいかもしれませんね。これらの本を読み比べてみるのも楽しいでしょう。
 
 宇野 たしかに本書の一本一本の論文は難解で、通読するのも難しいと思います。気になるところから、関心に合わせて読んでいただけたらうれしいです。その時々で、各章の持つ意味も変わってきたりするのではないでしょうか。読む人や時期によって、いろいろな味のする本になっていると思います。(おわり)
≪週刊読書人2021年8月20日号掲載≫

〔『実験認知言語学の深化』執筆者:秋田喜美、Raymond W.Gibbs, Jr.(松中義大訳)、楠見孝、Bonnie McLean、松本曜、鍋島弘治朗、大谷直輝、佐治伸郎、Dan Slobin(櫻井千佳子訳)、菅村玄二、平知宏、宇野良子、吉川正人〕