若きフォークナーの豊かさと面白さ

対談=諏訪部浩一×桐山大介

ウィリアム・フォークナー著、諏訪部浩一訳『土にまみれた旗』(河出書房新社)刊行



 東京大学准教授で英米文学を専門とする諏訪部浩一氏の翻訳で、ウィリアム・フォークナーの『土にまみれた旗』(河出書房新社)が刊行された。本書は『サートリス』という名前で知られてきた作品のオリジナル版の全訳である(諏訪部氏「訳者あとがき」より)。アメリカ南北戦争の時代を生きた二人の南部人の回想にはじまり、第一次世界大戦から帰郷したヤング・ベイヤードを取り巻く人間模様、南部の季節ごとの風景やさまざまな動植物がきめ細やかに描かれていく重厚な作品である。刊行を機に、訳者の諏訪部氏と、学習院大学准教授で英米文学を専門とする桐山大介氏に対談していただいた。(編集部)
≪週刊読書人2021年9月10日号掲載≫


「ヨクナパトーファ・サーガ」の起点

 諏訪部 本書の「訳者あとがき」にも書きましたが、二〇一〇年から東大文学部の大学院で授業をすることになり、フォークナーの『土にまみれた旗』をまず扱いました。桐山さんは最初の学生さんとして参加されていましたね。教室で読み終えるには何年かかかるとは思っていましたが、結局一〇年かかってしまいました。『土にまみれた旗』を精読するという作業は、学生さんには大変だったと思います。

 私が最初に『土にまみれた旗』を読んだのは一九九八年でした。アメリカに留学して、最初の授業でこれを読んだんですね。一九二九年から四二年までのフォークナーの作品をすべて読むという、日本ではなかなかできないような授業でした。一九七三年にランダムハウス社から刊行されていた復元版をそのときに読んで、すごく面白かったんですね。ただ、留学中に書いた博士論文でも『土にまみれた旗』を扱ったのですが、この一九七三年版の編集にはいろいろと問題がありました。その後、二〇〇六年に「ライブラリー・オヴ・アメリカ版」という決定版が出て、拙訳ではその版を底本とすることができました。

 こうした経緯があって、最初に読んだときからずいぶん時間が経ちましたが、こういう形で訳すことができたのは、とても喜ばしくうれしいことだと思っています。

 桐山 諏訪部先生がおっしゃったように、先生がこの本を扱われた最初の授業の発表者が私でした。そこから一〇年以上経って、いまこの翻訳書を読むのはとても感慨深いですね。アメリカ南部の架空の土地を舞台にした、フォークナーの「ヨクナパトーファ・サーガ」の最初の小説ですし、フォークナーをいままで読んできてよく知っている人にとっては、ますます面白く読める小説ではないかと思います。

 諏訪部 私もそう思います。桐山さんは当時、私の授業で、『土にまみれた旗』をまず全部読んだ上で細かく読んでいく、という形で読み進めていったと思いますが、そのときの感触はどうでしたか。大学院生としては、なかなか難しくて大変だったのではないでしょうか。

 桐山 二〇一〇年のころは、まだフォークナーの全体像をつかめていませんでした。なんでこういう書き方をするんだろう、とわからないところもありました。今回再読してみて、フォークナーの作品群の中での本作の意義があらためて感じられ、新たな発見も多くありました。

 諏訪部 フォークナーの他の作品を読んできた人がこの小説を読むと、故郷に帰ってきたように感じると思います。一九二九年に本書の「短縮版」である『サートリス』が刊行されて、こちらは翻訳もありますが、その『サートリス』をすでに読んだ人にとっても、さまざまな発見があるでしょうね。

 桐山 そうですね。『サートリス』の方がよくまとまってはいるのですが、『土にまみれた旗』の方が面白いと感じる人の方が多いのではないかと思います。諏訪部先生もそう感じられますか。

 諏訪部 作品の豊かさが違いますからね。『土にまみれた旗』では、第一次世界大戦から帰郷した南部貴族サートリス家のヤング・ベイヤードだけではなく、もう一人の戦後を生きる帰還兵、ホレス・ベンボウの物語が書きこまれています。『サートリス』では大きく削られてしまっているストーリーですね。『サートリス』は、主人公のヤング・ベイヤードが破滅的な人生を送っていく激しい物語という印象が強い。対して『土にまみれた旗』では、ホレスの物語により、フォークナーの(もともと持っていた)デカダン趣味が濃く出ている。こちらの方が初期フォークナーの作風に相応しいですし、第一次世界大戦後の退廃した雰囲気が伝わってきます。

 有名なエピソードですが、フォークナーのエージェントは、この小説には六冊もの本が入っているという感想を漏らしています。同じひとつの小説に出てきていいとは思えないような、さまざまな人物たちを出して、それで小説として成り立たせてしまう。そうしたフォークナーの豪腕、大胆さは魅力的です。「ヨクナパトーファ・サーガ」全体がそういうものだと言えるかもしれませんが、それが凝縮して現れている作品です。

 桐山 まったく毛色の違うホレス・ベンボウとヤング・ベイヤードが一緒の小説に出てくるのは面白いですね。

『土にまみれた旗』には、その後の作品の元になるエピソードが多々盛り込まれていることにも驚かされます。その意味でもここには「ヨクナパトーファ」の萌芽がありますし、雑多な要素がひとつの作品に詰め込まれたこの小説の形式自体が、「ヨクナパトーファ・サーガ」のミニチュア版になっています。<つづく>

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