時代を超えて共鳴する想い

深沢潮氏インタビュー

『翡翠色の海へうたう』刊行を機に



 作家の深沢潮さんが『翡翠色の海へうたう』をKADOKAWAより上梓した。太平洋戦争時、朝鮮半島から軍事物資として連れられてきた女性たちがいた。慰安婦として、〈穴〉として生きてきた「わたし」と、家族にも社会にも居場所がない現代を生きる「私」。時代も生き方も違う二人の境遇が、沖縄戦を通じて重なっていく。刊行を機に、深沢さんにお話を伺った。(編集部)
≪週刊読書人2021年9月24日号掲載≫


「知らない」ということ/現在と繫がる問題

 ――〈沖縄戦の慰安婦〉を描くのは、本当に難しいことだったと思います。主人公の一人である河合葉奈も、関連書籍を調べる場面で「題材にしにくい」と言っていました。深沢さんがこのテーマを選んだ理由を、執筆のきっかけとあわせ、最初にお伺いします。

 深沢 沖縄戦と慰安婦のことは、ずっと気になっていました。九年ほど前に、子どもと一緒に沖縄へいったことがあります。ひめゆりの塔とひめゆり平和祈念資料館にも行き、沖縄戦の惨状を詳しく知りました。沖縄戦で起きた出来事を、私はほとんど知らない。そのことが、とても衝撃でした。同時に作家デビューする前に書いた沖縄戦に関する脚本のことを思い出し、非常に恥ずかしくなりました。小劇団からの依頼で書いたのですが、インターネットで身に着けた知識と僅かな下調べで書いた脚本でした。実在の人物や被害者と加害者がいる事件、自分が属していないマイノリティに関することを題材に作品を書く場合は、相当な注意と覚悟が必要です。今は分かりますが、当時の私はデビュー前の素人でした。世の中に衝撃を与える作品を書きたいという想いが先行していて、深く考えていなかったということもあります。結局その作品は上演されることはなかったのですが、書いたことをとても後悔しました。自分の〈知らなさ〉を痛感して以降、沖縄戦のことをちゃんと知りたいと思い、主体的に本や映像で調べるようになりました。

 それからしばらくして、韓国にある〈ナヌムの家〉を訪ねる機会がありました。ナヌムの家は、慰安婦とされた方々が住んでいる場所です。作品に書く/書かないに関わらず、こんな機会は滅多にないと、本音を言ってしまえば好奇心で足を運びました。けれど、慰安婦とされた当時に関することは何一つ話してもらえなかった。彼女が話したのは、戦争中のことではない思い出や今住んでいる施設のことだけでした。お話を伺いながら、私はなんて傲慢だったのだろうと反省しました。知らず知らずのうちに、戦争当時の大変な経験だけが、その方の人生のすべてであると思い込んでしまっていた。そんなはずがありませんよね。特殊な経験があったとしても、私たちと同じように人生を歩まれている。当たり前のことが頭から抜け落ちていたと、改めて気づかされた出来事でした。

 そういった経験から、沖縄戦と慰安婦のことをきちんと知り、作品にしたいと考えるようになりました。沖縄にいる友人に協力を仰ぎながら自分で取材を手配し、戦争体験者に話を伺ったり、戦争の跡が残るガマを巡ったりしました。今まで書いてきた多くの作品とは違い、沖縄戦も慰安婦も私は直接の当事者ではありません。だから下調べを徹底的に行い、本書の巻末に載せた以上の参考文献を読み込みました。いろいろな背景が結びつき、書くことができた作品です。

 ――本作は現代を生きる葉奈の視点、太平洋戦争時を生きた慰安婦の視点が交互に登場する構成になっています。『海を抱いて月に眠る』(文藝春秋)も父と娘が交互に語り手として登場する構成だったと思いますが、今作も近い語り口にした理由があればお話しください。

 深沢 一人の慰安婦に焦点を当て、彼女の人生を時系列に書く。その構成も、確かにあったと思います。でも、特別な人の特別な話として慰安婦の人生を描きたくはなかった。彼女たちは、朝鮮半島から沖縄に来ざるを得なかった私たちと同じ普通の人間です。その姿を辿るうちに、慰安婦の問題は現在のジェンダーの問題にも繫がっていると感じ始めました。女性が性的に搾取される。構造的な強者に抑圧され、押し付けられた仕事をするしかない。戦中と姿かたちは違っていますが、同じような問題を今を生きる女性たちも抱えています。

 さらに沖縄は、戦争と連続性を持っている土地です。市内にいくつも米軍基地があり、性犯罪が多発していて、本土にいる人たちが知らないところで忍耐を強いられている。七六年前から現在まで、沖縄の人々にとって戦争は終わっていません。しかし、私たちはよほど関心がある人以外、〈沖縄の戦争〉を知らないし知ろうとしない。それらを描くには戦中と現在がクロスする構成がいいのではと思い、二つの時間軸を設定しました。<つづく>

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★ふかざわ・うしお=作家。「金江のおばさん」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞。著書に自らのルーツである在日コリアンの問題に向き合った『ハンサラン愛する人びと』(文庫版『縁を結うひと』)『ひとかどの父へ』『緑と赤』『海を抱いて月に眠る』、母乳信仰を描いた『乳房のくにで』など。東京都生まれ。