追悼・ジャン=リュック・ナンシー

死を超えて生きる稀有な哲学者

対談=西谷修・渡名喜庸哲



 フランスの哲学者ジャン=リュック・ナンシー氏が八月二三日、ストラスブールで亡くなった。八一歳だった。フランスの主要メディアが報じた。八月にはナンシー氏の『あまりに人間的なウイルス COVID-19の哲学』(伊藤潤一郎訳)、その発言と寄稿が収められた西山雄二編著『いま言葉で息をするために ウイルス時代の人文知』(ともに勁草書房)が刊行されている。ナンシー氏の著書の翻訳を手がけられ、ご親交のあった西谷修氏と渡名喜庸哲氏に対談していただいた。(編集部)
≪週刊読書人2021年9月24日号掲載≫


死を超えてアクチュアルに考える「開かれ」の哲学者

 西谷 ジャン=リュック・ナンシーは、初めて生きながら死を超えて、あるいは死を超えて生き、「死の不可能性あるいはその分有」という場で思考を紡ぎつづけた、きわめてアクチュアルな哲学者だと思います。世界にさまざまな出来事が起きるたびに、いろいろな人の求めに応じて、次々に思考を展開していった。あらゆる分割を横断しながら、現在において考えている人ですね。最近の個々の仕事は追っていませんでしたが、たとえば澤田直さんがナンシーの優れたモノグラフを書いていますので、そこからナンシーの哲学のエッセンシャルな内容を知ることができます。

 私はナンシーと、初めは読者・訳者として、そして三〇年前からは個人的な付き合いがありました。渡名喜さんは私と一世代以上違います。渡名喜さんのような若い人たちは、私たちの世代とは物事を考えるデフォルトの状況が違ってきていて、発想も着眼もやはり違うんですよね。だからといって、私たちの世代が「時代遅れ」だとは思いませんが。渡名喜さんはとくに3・11以降、ナンシーに関わる仕事をされてきましたね。私も、ジャン=ピエール・デュピュイや「カタストロフ論」の件で渡名喜さんと仕事をしてきました。それは、共鳴の磁場があったからだと思っていますが、それでも、今、ナンシーが亡くなり、その仕事が止んだというときに、渡名喜さんの世代の人たちにとって、ナンシーはどのような人であり、彼の死をどう受け止めているのか、まずそこから伺いたいですね。

 渡名喜 西谷さんがおっしゃったように、私は二〇一一年の3・11以降、ナンシーと翻訳を通じたやり取りをさせていただきました。一緒に議論させていただいたこともありますし、お宅に呼んでいただいたこともあって、私に対しても分け隔てなく接してくださった。二〇一七年の来日で結局、東京にて入院を余儀なくされたときにも病院で付き添いました。これまでテクスト上の人物だった哲学者ジャン=リュック・ナンシーと個人的な交流をするということは、私にとって不思議な経験でした。

 これまでも多くの哲学者が亡くなってきたわけですが、哲学者ジャン=リュック・ナンシーの死というものと、個人的に交流してきたジャン=リュックの死というものが、まだ整理もつかず、ちゃんと受け止めきれていません。

 それでも、この対談のお話をいただいてから、ナンシーが何の哲学者だったのかということを一言で言うとしたら、どのようにまとめたらいいだろうかとずっと考えてきました。もちろんまとめきれませんが、まさに西谷さんがおっしゃったように、死を超えた哲学者の視点から状況を見ていたがゆえに、多種多様な問題について見透すことができた人だと思います。あらゆることに耳を澄まし、とはいえ何でもかんでも話すというよりは、慎重に議論を積み重ねていく。その意味で、ナンシー自身も使っている表現ですが、「開かれ」の哲学者だと思います。ナンシーの同世代にはジョルジョ・アガンベン、ジャック・ランシエールなどの優れた哲学者がいますが、彼らにもそういう傾向はあると思いますが、ナンシーをとりわけ特徴づけるのはそういう体勢であり、だからこそ状況に対して前のめりにならずに議論することができたのではないかと思います。私が翻訳に携わった『フクシマの後で』のように災害や技術の話もすれば、美術や愛の話もする。その態度こそが彼の哲学者としてのあり方だったと思います。

 西谷 いま渡名喜さんが「開かれ」と言われましたが、それはハイデガーの用語であり、アガンベンも転用していますね。ナンシーは「自由の経験」ということを考えるとき、「開け」というハイデガーの用語を別の方向に開いていこうとした。

 私がフランスに行く前から、デリダの周辺で文学や精神分析についてもしっかりアプローチする犀利な哲学者がいるということは聞いていました。フィリップ・ラクー=ラバルトと共に。ただ、ナンシーに一挙に関心を持つようになったのは、ブランショが『明かしえぬ共同体』を出したときのことです。当時私は、バタイユ論を書きあぐねていて、ブランショのこの本が出たときは「これだ」と思いました。もう自分がバタイユ論を書く必要はない、と(笑)。ついでに、ブランショのその論が、ナンシーの論文のインパクトの下に書かれたということで、ナンシーの雑誌論文を探して読みました。二十世紀の思想史に風穴を開けるようで、衝撃でしたね。当初は射程が十分分かっていなかったと思いますが、何年か経ってはっきりその意義を理解できたと思っています。

 ハイデガーの大きな課題は、西洋の「主体」の形而上学をどのように乗り越えるかということでした。それは『存在と時間』によってある意味で成功したわけです。ハイデガーは「ダーザイン」あるいは「ひと」という言葉で、誰でもない非人称の「私」が被投性において、つまり受動的にこの世界に存在しているというところから出発しなければいけないとして、主体の絶対性を解消しました。主体を現存在と言い換え、それが基本的に「共存在」であることを示したんですね。そこには西洋近代のいわゆる個人主義に対する反発や批判があったと思います。テンニースが理論化したのは、共同体から社会に組織されていくのが歴史の不可逆過程つまり近代化であり、その原理が個人の解放と自立にあるということですが、その近代化論に対する疑念や異論も出てきます。

 ハイデガー的に言えば、「死」が人間の有限性を画すものであり、「死」において「共同性」が露わになり、それを受け止めることで現存在はみずからの「本来性」に目覚める。ハイデガーは現存在のその覚醒を、「歴史的形成物」としての「民族」の共同性に託すという論理を導き出した。ハイデガーのその論理は多くの知識人に衝撃を与えたのですが、彼は当時のナチス現象(「民族の勃興」)にその表れをみてしまったのですね。しかし、そのために以降、哲学や政治学、社会学でも、「共同体」や「共同性」を問うことがタブーになってしまったわけです。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます




★ジャン=リュック・ナンシー(一九四〇~二〇二一)=フランスの哲学者。ボルドー生まれ。ストラスブール・マルク・ブロック大学名誉教授。著書に『無為の共同体 哲学を問い直す分有の思考』『自由の経験』『共同‐体』『イメージの奥底で』『モーリス・ブランショ 政治的パッション』など、共著に『ナチ神話』(フィリップ・ラクー=ラバルトとの共著)など。

★にしたに・おさむ=東京外国語大学名誉教授・フランス思想。著書に『不死のワンダーランド』『アメリカ 異形の制度空間』『私たちはどんな世界を生きているか』など、訳書にジャン=リュック・ナンシー『侵入者 いま〈生命〉はどこに?』など。一九五〇年生。
★となき・ようてつ=立教大学准教授・フランス哲学・社会思想史。著書に『レヴィナスの企て『全体性と無限』と「人間」の多層性』など、訳書にジャン=リュック・ナンシー『フクシマの後で――破局、技術、民主主義』など。一九八〇年生。