笑いと批評、生きるための実用書

対談=中島京子×矢内裕子

橋本治著『人工島戦記』(ホーム社)を語る



 橋本治(一九四八―二〇一九)の未完の長編小説『人工島戦記 あるいは、ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかのこども百科』がホーム社より刊行された。連載から三〇年、三九〇〇枚の原稿に、架空の都市の詳細な手描き地図、五〇〇枚を超える「人名地名その他ウソ八百辞典」を添えた、何しろ型破りの一冊だ。小説家の中島京子氏とライター・編集の矢内裕子氏に本書の世界を楽しく縦横に繙いていただいた。(編集部)
≪週刊読書人2021年12月3日号掲載≫


橋本治の『失われた時を求めて』

 中島 もともとは『小説すばる』で一九九三年十月号から半年間、連載されていたんですね。

 矢内 はい。でも私は連載時は読んでいませんでした。橋本さんに小説を書くことについて、長い間お話を聞いている中で、「実は未完の大作があって、三〇〇〇枚も書いたのに、まだ終わらないんだよ」と伺ったのが、『人工島戦記』を知った最初でした。

 中島 矢内さんは『橋本治の小説作法(仮)』という本を、準備されているんですよね。そのインタビューの中で。

 矢内 そうです。政治のことを何も知らない若い大学生たちが、何ができるかを少しずつ考えて、皆でデモをする話なんだよ、とおっしゃって。「読みたい?」と聞かれて、「ぜひ読ませてください」と。連載のコピーを束でいただきました。特定秘密保護法ができる前で、その時点では若者の政治参加はなくて当然、といった雰囲気でした。どんどん政治がきな臭くなってきて、SEALDsが登場したり、世の中が『人工島戦記』に追いついてきた気がします。

 中島 連載一回目は「前編」と始まって、普通なら「後編」で終わるはずが、第二回、第三回……と続いて、終わらなかったそうですね。

 矢内 先が見えなくなり、いったん「第いち部終了」、あとは書き下しに、ということになったとか。二〇〇五年ぐらいまで一人で続きを書いていらしたそうです。舞台は架空の街ですが、博多をモデルにしているので、福岡のホテルで自主缶詰になったりもして。他にも書かなければいけないものがおありになるから、書きたいんだけど進まなくて、二〇一八年には改めて出版化に向けた打合せが予定されていたそうですが、ご病気で延期になり……。

 中島 とにかく、楽しそうに書いていらっしゃいますよね。

 矢内 本当に(笑)。

 中島 連載分は、どのあたりまでだったのかな? 「第よん部」のはじけっぷりは半端ないから、連載だったらストップがかかりそう(笑)。

 橋本さんの書かれたものは本当に多岐に亘りますが、私はどちらかと言うと小説より評論やエッセイの方が好きなんです。特に後半に書かれた小説は、非常に大事なことが書かれていますが、密度が濃くて内容が詰まり過ぎている感じがしていました。橋本さんは、それなりの役割を引き受けなければならなくなっていたのだろうと思います。ところがそうした後期の作品に比べて、『人工島戦記』のぶっ飛んでいて伸びやかな面白さは、「桃尻娘」シリーズを思い出す懐かしさでした。

『人工島戦記』は、小説家にとっては理想です。詳細な地図から、歴史から、「人名地名その他ウソ八百辞典」まで、こんなに好きなように作っている。一読者として本当に面白かったし、作家の立場から窺っても興味深かったです。

 矢内 特に第よん部以降は、一人で「うひひひ」って言いながら、書いていたのが想像されますよね(笑)。久しぶりに、小説の地の文や説明を読んで、笑いました。

 中島 声を出して笑ったところがたくさんありました。第よん部はもはや「脱線」という言葉に当てはまらないほど、壮大な分岐が(笑)。やはり橋本さんは、ユーモアと批評センスのずば抜けた作家ですよね。

 矢内 この土地を治めていた代々の殿様の話まで出てくる(笑)。いったいこのエピソードはどこへいくのか。

 中島 どこにもいかないのである(笑)。

 これは、橋本さんにとっての『失われた時を求めて』だ、と思いながら読みました。ポール・オースターのお連れ合いのシリ・ハストヴェットという作家が、「小説を書くとは、起こらなかったことを思い出すようなもの」と言っています。それは物書きとしてよくわかる感覚です。小説はフィクションですが、自分の内側の作業としては、作るというより思い出している感じに近いんです。

 第よん部のシラン・ジュータロウ(志覧重太朗)をはじめ、同世代の話が長くなっていくのには、そういう側面があったのではないかなと。この物語全体が一つの「戦後史」になっていますよね。『草薙の剣』にも共通するところですが、『人工島戦記』ではより自由に、芋蔓式に、大学生たちの父親世代(橋本さんの同世代)やさらに上の祖父の代の話まで、自分の内にある「戦後」や「昭和」が手繰り寄せられ、物語になっていく。芋蔓式と言えば「芋蔓」という地名も出てきました(笑)。

 特に人の営みや感情というようなものは、記憶の内側を手繰って書かれたのだろうと思います。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます


★なかじま・きょうこ=小説家。著書に『小さいおうち』(直木賞)『妻が椎茸だったころ』(泉鏡花文学賞)『かたづの!』(河合隼雄物語賞、柴田錬三郎賞)『長いお別れ』(中央公論文芸賞)など。
★やない・ゆうこ=ライター・編集。著書に『落語家と楽しむ男着物』『私の少女マンガ講義』(萩尾望都との共著)など。