なぜ小説を書いているのか

対談=西村賢太×新庄耕




 年の瀬に、作家の西村賢太氏と新庄耕氏が読書人へやってきた。西村氏は宝焼酎「純」を、新庄氏はエビスビールを片手に、五時間の大放談。和やかで楽しく、ピリリと刺激的な文学対談、紙面の都合で、その一部を掲載する。(編集部)
≪週刊読書人2022年1月14日号掲載≫



自分の本だから。 文学で一発逆転!?

 新庄 賢太さんは、作品だけでなく、装幀にも拘っていますよね。

 西村 拘りますよ。自分の本なんだから、他人まかせにできる方がおかしいと思うんですよ。

 新庄 どの本の装幀にも味わいがありますが、『羅針盤は壊れても』は本当にカッコいい。函本ってこのご時世に出せるんですね。

 西村 頭下げてね、説得が大変でした。ところがね、僕は原価も計算して三〇〇〇部で提案したんです。その通りにしてればほぼ完売したのに、版元が四〇〇〇部にしちゃった。売れ残ると、結局著者のせいにされてしまう。

 新庄 原価まで計算するんですか。

 西村 紙代から装幀代、函の折代、組版代まで書面にします。

 新庄 そこまでされたら、版元もノーとは言えないですよね。

 西村 いや、言うんです。プライドにさわるとみえて、何かしらごちゃごちゃと。営業なんかも無能のくせして全能の神気取りになってないで、売れにくい本を少しでも売るのが、本来の仕事だと思うんだけど。

 新庄 売れる本は営業が何しなくても売れますってね(笑)。賢太さんは何冊刊行されてますか。

 西村 数だけなら十五年間で六〇冊近くになるんです。

 新庄 純文学作家でそんなに出しているかたは少ないですよ。

 西村 新庄さんは?

 新庄 七冊、次八冊目が出ます。

 西村 いいペースじゃないですか。デビュー何年ですか。

 新庄 八年です。もっと働けって言われます。

 西村 ああ、それなら倍あってもいいか(笑)。

 新庄 なかなかゴーサインが出ないんですよ。

 西村 ほう、新庄さんでも出ませんか。

 新庄 最近はようやく連載もいただけるようになりましたが、下積みなく一作目でデビューしてしまったので、デビューしてから小説を勉強する感じでした。

 西村 以前はどんな仕事をしていたんですか。

 新庄 リクルートで営業を。

 西村 グレー企業ね(笑)。

 新庄 仕事ができなくて、営業に行ってきますと会社を出て、家に帰って小説を読んでいました。一年半で会社を辞めた後は、沖縄の女性の家に転がり込んで、小説を書いていたんです。

 西村 それが『狭小邸宅』ですか。あれ、素人の文章ではなかったですよ。すばる文学賞を取ってデビューして、いきなりあんなに売れるとは。

 新庄 売れた方なんでしょうか。確かにいまだに名刺代わりになっています。大学では福田和也ゼミだったのですが、賢太さんの『どうで死ぬ身の一踊り』が出た頃で、買って貪り読みました。

 西村 慶應大学ですか。頭いいんだね。

 新庄 いや……違うんです。十代は、人生に倦んでいて。マジックマッシュルームを食べて、渋谷や新宿のクラブで踊り狂っているような生活だったんです。一発逆転狙って、二年間勉強して慶應に入ったんですよ。

 西村 新庄さんは、隠しても抑えきれない反社的な匂いが漂ってきますからね(笑)。でもちょっと本気だせば、慶應にすばる文学賞でしょう。

 新庄 クラブで踊りまくって最初は楽しかったんですが、はじめは音楽を楽しむ人が集まってきていたのが、だんだんセキュリティが刺されたり、シャブ打ってる人が出てきたり、こんなことやってて、この先どうなるだろうと思うようになって。何とか真っ当な道に戻りたいなと。でも慶應で一発逆転だと思っていたんですが、入ってみたらすごい人間ばかりで。Jリーガーがいるわ、オリンピック選手がいるわ、歌手や芸能人、IT長者。恥ずかしい話ですけど、アイデンティティ喪失になって、鬱やって。結局、文学の世界に逃げ込みました。

 西村 小説書く上では、いい財産ですなあ。僕は自分の貧乏とか恥かいた話とか、あちこち痛いとか、パターンが十ぐらいしかないんですわ。新庄さんみたいに尽きぬネタ、しかもまだ三十八歳でしょう。僕はもう五十五歳だからね。

 新庄 でも賢太さんは私小説ですけれど、かなり客観視して書いておられるでしょう。もともと探偵小説やエンタメもかなり読んでいる。

 西村 ああ、推理小説は大好きですね。

 新庄 私小説でも、文章にエンタメの起伏があるというのか。そういうのは、意識して書いているんですか。

 西村 意識的というよりは、体に摺り込まれているんでしょうね。小学五年の頃から、横溝正史にハマって読み続けていたんですよ。複雑な人間関係なんかは、小学生の頭で全部は理解できないんだけど、それでも読めてしまうのは、横溝の文章のうまさなんです。

 新庄 文体、リズムですよね。

 西村 口幅ったいですが、いま自分の文章に生きていると思うのは、ちょっとした彫り込みを加えるところです。横溝の長編は筋に大差ない部分を妙に丁寧に書き込む。『悪魔が来りて笛を吹く』では、金田一耕助が須磨に行っていろいろ調べるんですが、とても冗長です。でも横溝は後に随筆で、よくも先を急がず焦らずに書けた、と自賛しているんですわ。で、その姿勢に倣って『文學界』で続けていた「雨滴は続く」は、次号が最終回。

 新庄 かなり続いていますよね。分量はどのくらいになるんですか。

 西村 一〇〇〇枚。

 新庄 それはすごい。

 西村 二〇一七年十二月号からあしかけ五年になりますが、何を言われても焦らずに(笑)。そして腐らずに。

 新庄 もとから、この規模で書く予定だったんですか。

 西村 最初は十二回で終わる予定だった。ここは彫ろう、あれも彫ろう、とやってるうちにどんどん伸びて、よくここまで引き延ばしたと自分で感心するぐらい。結末を急がなかったんです。一回はたかだか十五枚ですがね。

 新庄 僕がキョロキョロし過ぎているだけかもしれないけれど、賢太さんのどっしり構えて作品と向き合う姿勢は、後を追うものとして心強いです。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます


★にしむら・けんた=作家。『苦役列車』で芥川賞受賞。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『暗渠の宿』『蠕動で渉れ、汚泥の川を』『一私小説書きの日乗』、編集・校訂作品に『藤澤清造短篇集』『狼の吐息/愛憎一念 藤澤清造 負の小説集』など。一九六七年生。

★しんじょう・こう=作家。『狭小邸宅』ですばる文学賞受賞。著書に『ニューカルマ』『カトク 過重労働撲滅特別対策班』『サーラレーオ』『地面師たち』など。一九八三年生。