自分を肯定して生きること

金原ひとみインタビュー

『ミーツ・ザ・ワールド』(集英社)刊行を機に



「仕事と趣味があるのに憂鬱なの? ていうか男で孤独が解消されると思ってんの? なんかあんた恋愛に過度な幻想抱いてない?」

 作家の金原ひとみさんが長篇小説『ミーツ・ザ・ワールド』を上梓した。婚活中の腐女子の由嘉里、希死念慮を抱くキャバ嬢のライ、歌舞伎町の住人たち……違う世界を生きる各々が求める「幸せ」とは何か。刊行を機に、金原さんにお話を伺った。(編集部)
≪週刊読書人2022年1月21日号掲載≫




推しに無償の愛情を注ぐ腐女子の美しさ

 ――エッセイ『パリの砂漠、東京の蜃気楼』、『fishy』、など、金原さんは一昨年からたくさんの作品を刊行されています。雑誌『SPUR』に連載されていた今作は、谷崎潤一郎賞を受賞した『アンソーシャル ディスタンス』同様、コロナ禍での執筆期間があったかと思います。コロナが流行り始めて、執筆や私生活に大きな変化はありましたか。

 金原 私の場合は、コロナが流行る前と後でそんなに大きな変わりはなかったと思います。気軽に飲みには行けなくなったけれど、家にいる時間が増えたので、筆が走った部分もありました。引きこもれる人と引きこもれない人の差が、コロナ禍では明確になりましたね。おじさん世代は、会社に行きたがる人が多かったけれど、若い世代は引きこもることにそこまで苦痛を感じていない印象があります。今回の作品には、コロナの設定は入れず、もともとの構想通りに書き上げましたが、特に問題はありませんでした。

 ――本作の主人公は、二次元に〈推し〉がいる腐女子(男性同士の恋愛を扱った作品が好きな女性)の三ツ橋由嘉里さんと、希死念慮を持つキャバ嬢の鹿野ライさんという、生きる世界が正反対の二人です。由嘉里さんのような、いわゆる〈推し活〉を楽しむ人を描こうと思ったきっかけなどはあったのでしょうか。

 金原 最近、腐女子と呼ばれる子や、二次元/三次元に〈推し〉がいる子が増えています。私の周りにも、「現実で恋愛をしなくても、推しがいれば生きていける」という友人や、腐女子を全力で楽しんでいる編集者が多い。彼女たちを見ていると、みんな活き活きしていて、力に満ち溢れています。二次元、三次元問わず、私は今まで何かしらのコンテンツに、〈沼〉と呼べるほどの深みまでハマった経験がそれほどないんです。だから、推しがいる子たちが作品に傾ける情熱や、継続し続けられる愛情にはとても惹かれるし、憧れます。

 彼女たちは、推しについて話し出すと本当に止まらないんですよ。何時間でも語ることができて、そのときの彼女たち以上に、輝いている人はこの世にいないんじゃないかと思います。推しを語るときと同じくらい、パワフルで愛に溢れた状態で、自分の旦那のことを話す人はいませんからね(笑)。けれど、「リアルの恋愛はここ最近していないんだよね……」と自嘲する腐女子の友人も、中にはいる。そんな言葉を聞くたびに、大きな声で「今のままでいいんだよ!」と言いたくなります。彼女たちは推しに対して惜しみない愛情を、利害なんてものとは関係なく純粋に注いでいる。そういう生き方は、現実の恋愛で苦しんだり、旦那との関係で悩んで一喜一憂するよりも、ずっと生産的で美しい。人として完成されていると私は思っているので、推しへの愛を抱えたままの状態で居続けてほしいです。

 そんな想いもあって、今回は推しに一直線な女の子を主人公にしました。執筆に際して、推しがいる友人や長年腐女子をしている子に取材をしたのですが、彼女たちの話はどれも新しい世界で、いろいろなことを教えてもらいました。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます


★かねはら・ひとみ=作家。著書に『蛇にピアス』(第27回すばる文学賞、第130回芥川賞)、『TRIP TRAP』(第27回織田作之助賞)、『マザーズ』(第22回Bunkamuraドゥマゴ文学賞)、『アタラクシア』(第5回渡辺淳一文学賞)、『アンソーシャル ディスタンス』(第57回谷崎潤一郎賞)など。一九八三年生。