社会全体を巻き込む労働運動

対談=今野晴貴・廣瀬純

今野晴貴著 『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)刊行



 NPO法人POSSE代表の今野晴貴さんが、『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)を出版した。日本型資本主義、国内外の労働運動の歴史を辿るとともに、労働と社会の現在と未来について考察する一書である。刊行を機に、今野さんと龍谷大学教授の廣瀬純さんに対談してもらった。(編集部)
≪週刊読書人2022年1月28日号掲載≫




(日本的)資本主義と労働問題、労働者間競争と企業間闘争

 廣瀬 本書のタイトルに「賃労働」と掲げられている。どのような含意ですか。

 今野 近年は、「ブラック企業」という問題設定では解けない問題が増えたと感じることが多く、労働問題の告発だけでなく、今の日本で、なぜここまで労働者を使い潰す資本主義になっているのか、なぜブラック企業がなくならないのかをより深いところから考えたいと思っていました。それが、今回書き下ろした本書の第一部の主要な内容です。

 日本の経済はすごく停滞しています。非正規雇用とブラック企業に経営者があぐらをかいていて、イノベーションが起こる気配もない。そういう自己破壊的な経済を分析するには、資本主義の歴史とその理論的な問題点を理解する必要があります。この点をタイトルにも反映させようと思いました。

 さらに、日本の資本主義の構造は、資本主義の中でどういう位置にあるのかを考えると、日本の賃労働は海外に比べてある面では「特殊」なのですが、実は、その特殊性は、悪い意味で「もっとも資本主義的である」ともいえるのです。この「資本主義と労働問題」、そして「日本的資本主義と労働問題」という点を適切に把握しなければ、労働問題や経済停滞を根本的に捉えることができません。

 廣瀬 本書の第一部にあるように、経済成長が停滞し、増収がないなかでなお、増益を維持しようとすれば、企業は搾取率を高めるしかない。つまり、多かれ少なかれ「ブラック」化するしかない。

 終章(第四部・第11章)では、経済のデジタル化が、「直接の商品生産によらずに富を資本に移転する手段」だとされ、「デジタル/テクノ封建制」が論じられます。本書ではこの章で初めて「独占」が語られます。

 木下武男が言うように、労働運動の本質は、労働者間競争の制限にある。労働者同士で団結して、労働力の安売り合戦が生じないようにする。ぼくにとっての問題は、労働者間競争が、これまで頻繁に、企業間競争によって説明されてきたという点です。市場で競争し合っている企業は、生産コスト削減を進める。これに労働者が個々に応じてしまうと、労働力の安売り合戦になってしまうとされる。しかし、経済のデジタル化が本格化する前から、企業間にあったのは、実際には、競争ではなく、独占または寡占だったのではないでしょうか。自動車製造業でも、コンビニ業でも、旅客運送業でも、競争などあったためしはない。市場を独占していても、企業は、増益のためにコスト削減に勤しむ。この点はどう思いますか。

 今野 確かに、企業間の競争への動員という視点はこれまで重視されてきました。企業別組合は「企業の利益」と癒着しているために、結局企業間の競争に動員されてしまい、過労死に至る。こうした労働者間競争のモデルですよね。私もこの視点は重視していますが、本書の前半では、労働者間の競争を単なる企業間の競争への動員からではなく、資本の本源的蓄積から論じています。言い換えれば、資本と賃労働の本質的関係から考察しています。商品経済の中に労働者が置かれることで資本に従属していく。それが資本の競争に労働者を動員するときの力の源です。労働者は無所有で、とにかくどこかの企業組織で働くしかないという関係性に置かれる中で、企業側は労働者にどんどん従属を強いていく。こうして働いていく中で、労働者たち自身が従属的に変質していってしまう。この従属こそが、根深い資本主義社会の力を生み出していると思います。労働者間競争は、この従属を生み出す過程なのです。

 一方で、この競争を企業を超えた業種別・職種別労組の規制によって抑制させたり、失業補償などの社会保障を充実させることで抑制すれば、労働者の従属は減少します。しかし現に、資本に従属して、死ぬまで働く、低賃金でも働くということが当たり前のこととして労働者に受け入れられている状況で、この競争規制を作り出すことは容易ではありません。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます


★こんの・はるき=NPO法人POSSE代表・労働社会学・労使関係論。著書に『ブラック企業』『生活保護』など。一九八三年生。
★ひろせ・じゅん=龍谷大学教授・哲学・映画批評。著書に『シネマの大義』、佐藤嘉幸との共著に『三つの革命』など。一九七一年生。