真の“リベラル”経済学のススメ

対談=岩田規久男×柿埜真吾

『資本主義経済の未来』刊行を機に

 上智大学・学習院大学名誉教授で日銀前副総裁の岩田規久男氏が、「資本主義」という経済の根本的なテーマに対して、世界標準の経済理論を駆使して挑んだ、自身の研究の集大成ともいえる『資本主義経済の未来』(夕日書房刊/光文社発売)を刊行した。

 資本主義はこれまで人びとに何をもたらしてきたのか。資本主義が持つ優れた機能と、反面、現在の資本主義が抱える欠陥を指摘し、その部分をいかに改修し、本来の機能を取り戻せるかを豊富なデータや様々な研究によって得られた知見から分析し紐解く、経済学の本質を突く重厚な一冊である。

 本書刊行を機に岩田氏と、高崎経済大学非常勤講師の柿埜真吾氏に対談いただき、本書の内容を中心に、昨今よく耳にする反資本主義、あるいは「脱成長」的な議論についても鋭い指摘をしていただいた。(編集部)
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資本主義をよりよくするための挑戦

 岩田 近年の社会状況を見渡してみますと、リーマン・ショックといった経済危機や気候変動、新型コロナの世界的流行など、危機的な状況が頻繁に起きています。

 このような人類の危機に直面するたびに、あたかも資本主義特有の仕組みにその原因があるとみなし、「資本主義は終わりだ」という声がしばしばあがります。資本主義社会から社会主義社会やコミュニズム(共有)社会への移行を提唱する、反資本主義的な機運が高まりやすいのですね。

 これが一般社会における経済認識の総体をなしている状況だといえるのですが、そもそも、資本主義というものは自由と民主主義を守りながら人々の生活を豊かにできる機能を有しているんです。それは、多くの経済学者の研究によって歴史的にも理論的にもすでに証明されています。 

 ですから、そういった反資本主義的批判の誤りを正しつつ、今一度、資本主義の辿ってきた歴史を振り返る内容の一冊を、経済学における世界の標準的な理論、つまり主流派の考えに基づいて検証し直し、その上でこの先、資本主義がどう歩んでいくのだろうか、という未来を私なりに展望してみました。

 それが本書『資本主義経済の未来』で、本文だけでも500頁近いボリュームがありますね。主な構成も全11章プラス終章という非常に分厚い一冊です。

 資本主義の持つ良い面は、柿埜真吾さんの『自由と成長の経済学』(PHP新書)や、原田泰さんの『反資本主義の亡霊』(日本経済新聞出版)などで詳細に紹介されています。ですから、私はその前提の上で資本主義が有しているデメリットを中心に検証を試みました。

 柿埜 いま岩田先生のお話にあったように、資本主義のメリットを詳しく説明した本は私のものを含めて他にもありますし、また個別の問題点を適宜解説した本はいくつもあります。では、本書の特徴は何かというと、格差から景気変動の問題に至るまで、経済学的な議論の中心をなすすべての問題を網羅的に扱い、その対策をパッケージで示された、という点です。このような内容の類書は今のところ見当たらないですね。

 最近は特に反資本主義的な見方、資本主義に真っ向から反対する論調が増えていますが、岩田先生はそういった言論に立ち向かいながら、どうすれば資本主義をよりよくすることができるか、という本質的議論に本書で正面から取り組まれたのだと思いました。おこがましい言い方になり、恐縮ですが(笑)。

 岩田 資本主義のもとで起きている問題として、ピケティが『21世紀の資本』(みすず書房)で論じた格差問題もありますし、そのほかにも環境への影響、そして物価と雇用の不安定化による失業の増加、などの社会的状況が確認できます。

 ところが、格差の拡大や環境悪化というものは資本主義国だけの問題ではないのです。むしろ中国やロシアといった社会主義国のほうが状況としては深刻なんですね。

 先に環境問題に言及しておくと、斎藤幸平氏の『「人新世」の資本論』(集英社新書)内で、気候変動をさも資本主義特有の問題のように指摘していますが、実は中国やロシアの2カ国だけでCO2の排出量は世界の33%(IEA統計、2018年)を占めていて、現実問題、社会主義国のほうが環境への影響が大きいわけです。ところが、斎藤氏はこのことには全く触れずに持論を展開しています。

 もちろん、環境問題に立ち向かうためには先進国が積極的に対策に取り組む必要がありますが、一方で、こういった社会主義国の問題を放置してはいけないのです。それにも関わらず、それを無視して、脱資本主義的な発想で先進国をあげつらうのは、非常にミスリーディングです。

 なお、世界の主流な経済学では、気候変動問題に対して炭素税や炭素の排出権取引といったアイディアですでに合意が取れています。この点は柿埜さんの本でも扱われていますから、本書ではあえて取りあげませんでした。

 次に格差の問題ですが、確かに中国やロシアのほうが大きいのですが、一方で超大国アメリカの格差問題も無視できない規模にまで進んでいて、アメリカの格差は社会に分断をもたらし、資本主義の根幹である自由と民主主義を脅かす水準にまで近づいてきている。これがピケティの主張の核です。そして、アメリカと同様のことが世界中で起きているのだ、と。ですから、この問題を中心に本書の1~3章で理論的にデータを示しつつ分析しました。

 同様に日本の格差の問題にも言及していますが、この部分に関しては昨年刊行した『「日本型格差社会」からの脱却』(光文社新書)でより詳細に論じているんです。本当はこの問題も本書できちんと扱う予定でしたが、さすがにその内容まで盛りこむと、さらに分厚い本になって読者も手に取りにくいでしょうから(笑)、出版社と相談してこの部分だけ先に出版した、という経緯があります。ですから、本書と『「日本型格差社会」からの脱却』を姉妹本として合わせて読んでいただくと、より私の議論を理解いただけると思います。