新天理図書館善本叢書「連歌俳諧」全六巻(八木書店)刊行!! カラー版で味わう<芭蕉・蕪村の名品>

文学・歴史・美術横断、芭蕉資料「鯉屋物」と寺村百池旧蔵蕪村資料

鯉屋物と綿屋文庫(大橋 正叔)

 「鯉屋物」とは、松尾芭蕉の最古参の弟子であり、後援者であった杉山杉風が蒐集し、代々が家伝してきた芭蕉及び杉風関係の俳諧資料である。杉山家は徳川幕府に鯉を納める御納屋鯉御用であり、屋号を「鯉屋」といった。鯉屋八代目のとき、全資料四十一点が一括質入れされたのを機に、総称して「鯉屋物」と呼ぶようになる。
鯉屋物の価値とは、一つには十八点ある芭蕉真筆である。杉風が蒐集し杉山家に伝わったものであるため、由緒正しい芭蕉自筆本であることが保証される。保存状態も非常によい。
 杉風にとって芭蕉とはかけがえのない師であり、盟友であった。また芭蕉にとっても杉風は最も信頼を寄せた大事な存在で、旅の途上の大坂での死の直前に、杉風へ遺言を残している。そのような関係性だったからこそ、芭蕉関係資料は杉山家に代々大切に保管されてきたといえるだろう。
 天保十一年、鯉屋八代目から鯉屋物が質入れされ、金子の返済ならず一括譲渡された先は、江戸木場の鹿嶋屋六三郎、自身も俳趣を愉しむ人であった。ところが鹿嶋屋も鯉屋物を手放すことになる。次の譲渡先は、芭蕉と同郷伊賀上野の実業家・菊本直次郎である。四十一点中三十五点の鯉屋物が譲渡された。そして昭和五年、自身の還暦祝いに『蕉影余韻』を刊行し、鯉屋物三十五点全てを掲載した。これによって、鯉屋物の全容が世間に公表されることとなった。
 菊本が昭和三十二年に没した後、彼の蔵書の多くは上野市に寄贈され、芭蕉翁記念館蔵となるが、鯉屋物は一時所在不明となる。それが古書肆に買い取られたことを柿衞文庫の岡田利兵衞が知り、伝えたことで、昭和三十七年七月、鯉屋物が天理図書館に所蔵されることとなる。  俳諧三大文庫とは、一つは東京大学総合図書館内の洒竹・竹冷・知十他文庫、約五千部が収蔵されている。柿衞文庫には約一万一千点、そして天理図書館「綿屋文庫」は約三万有余冊を収蔵する。綿屋文庫は個人の蔵書を一括購入することが多く、同じ本を重ねて収蔵していることが特徴である。江戸の版本は版ごとに多少の違いがあり、同じ本を複数所蔵することが幅広い研究に役立つのである。
 これまで天理図書館は、俳諧連歌資料をいくどか叢書のかたちで刊行してきた。ただ、鯉屋物三十五点が一挙公開されるのは、『蕉影余韻』以来である。また精巧な印刷技術によるカラー版の刊行は初めてのことになる。芭蕉の残した手紙や書は表装され、茶室の床の間に飾られる茶掛けとしても愛でられてきた。鯉屋物には画賛も多く含まれている。芭蕉関係の一級資料としてはもちろん、芭蕉直筆の絵や句と、その空間のバランスなどを、ぜひ美術品としても楽しんでもらいたい。(談話)
(おおはし・ただよし=天理大学名誉教授・近世文学)