ドキュメンタリーの〈待つ〉姿勢、テレビ表現の豊かさ

対談=丹羽美之×森達也

編集室から

 恥ずかしいことに『日本のテレビ・ドキュメンタリー』で取り上げられている過去の番組をほとんど知らなかった。第1章にある各局のドキュメンタリー番組の系譜図から、過去の番組と現在の番組のつながりが見えて興味深い。
 震災のドキュメンタリーを論じる第9章には、「テレビが都合のいい物語を一方的に押しつけるのではなく、被災した人々が自分なりの物語を作り出し、少しずつ起き上がっていく過程を見届けていくこと」が、被災者に寄り添うことであると書かれている。言葉にしづらいことが言葉となってこぼれ落ちるとき、なにかが別の姿で浮かび上がってくるときをじっと待つためには、どんなことが必要か。多面的な人間像、世界像に対する想像力を養うにはどうしたらいいか。自分自身の姿勢が問われている気がする。(T)